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古賀政男総合スレ

1 :昔の名無しで出ています:2011/11/02(水) 19:55:49.20 ID:iCJ19Fnt.net
今でも語り継がれている名作曲家の古賀政男について語りましょう

古賀政男 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E8%B3%80%E6%94%BF%E7%94%B7

古賀政男音楽博物館
http://www.koga.or.jp/

468 :昔の名無しで出ています:2014/10/07(火) 21:38:54.32 ID:1oq4dMLId
《兄弟(兄妹)の絆》を歌った永遠の名曲 人生の並木路

昭和12年(1937)日活映画 渡辺邦夫監督『検事とその妹』(竹田敏彦原作「検事の妹」)主題歌


「人生の並木路」ディックミネ 佐藤惣之助作詩 古賀政男作・編曲  伴奏 古賀政男オーケストラ テイチクレコード 1200

「聖処女(きよおとめ)の唄」藤山一郎 佐藤惣之助作詩 古賀政男作・編曲  伴奏 古賀政男オーケストラ テイチクレコード 1200



飽食の時代と言われ久しい今、この歌は、かって日本がまだ草深く、そしてまだ貧しかった時代、貧しくも心豊かな時代があったことを教えてくれる。

469 :昔の名無しで出ています:2014/10/09(木) 14:51:18.12 ID:ZF/09vxFb
昔、日本が農村主体のまだ貧しかった時代、たいてい貧乏人の子だくさんでした。兄は親のかわりとなって、弟や妹を一身に面倒見る、それが当たり前だったそうです。

詩人・佐藤惣之助は、「兄弟の絆」というものを短い言葉で、簡潔かつ適切に歌い上げています。
「飽食の時代」といわれる今の世ではありえない歌詞だと想います。


「人生の並木路」はなんといっても昭和12年「オリジナル原盤」で聞かなければ味わえない。20代の若きディックミネが歌うオリジナル版は、まさに悲壮感漂う名曲です。(テイチク1200)

『検事とその妹』は、昭和10年に竹田敏彦の『検事の妹』の映画化作品で、幼くして両親を失った二人の兄妹が、貧しい故郷を捨て、助け合い、支えあって生きてゆく姿を描いたもの。
長い貧しい時代から今日の豊かな時代へと、いわば近代日本史の一コマともいえるもの。

以前、NHK教育テレビの『大希林』という番組で、「樹木希林」さんが、なんか「作詞」の講義をしているようで、詩を何回も何回も添削して何回試みてもどんどん長くなってゆくばかり、何言ってるんだかわからなくなる。

そしてついに『簡潔で、適切で、これを超えるものはない。』として、樹木希林さんが出した「最高の詩」それが何とこの『人生の並木路』でした。

別に歌番組でも、まして「古賀メロディー」番組でもなかったのですが、・佐藤惣之助作詞、古賀政男作曲・泣くな妹よ 妹よ泣くな・・という詩とともにこの曲が流れた。

古賀政男自らも、7歳にして一家で貧しい故郷を捨てて朝鮮に渡り、17歳まで朝鮮で過ごした。

古賀政男は、『詩はお姉さん、曲は弟』と詩を大切にした人で知られるが、詩人・佐藤惣之助から銀座のテイチク東京文芸部(古賀文芸部)におくられてきたこの詩を目にするや、「大粒の涙で五線紙を濡らしながら」作曲したといわれます。
http://forest-baku.blog.ocn.ne.jp/aozora/cat11975100/

470 :昔の名無しで出ています:2014/10/10(金) 00:23:49.15 ID:s6ymvl4YC
>>469

人生の並木路
佐藤惣之助 作詞 古賀政男 作曲

http://www.tei3roh.com/jinseinonamiki.htm

471 :昔の名無しで出ています:2014/10/11(土) 18:07:06.85 ID:n4EcJVNdA
>>468-470
参考までに、この時代、「人生の並木路」の時代―SPの時代をよく表しているのは、壷井栄の昭和27年発表の小説『二十四の瞳』ではないでしょうか。

1928年(昭和3年)から1946年(昭和21年)まで、すなわち、昭和の戦前期、終戦、その翌年まで、18年間が描かれていて昭和3年に始まるSP歌謡の時代と重なる。

小説の舞台は、壺井栄が、その冒頭で「瀬戸内海べりの一寒村」としている。

小学校卒業を待たずに「奉公」に出される遊びたい盛りの幼い子供たち。

昔はどんなに頭が良くても、勉強したくとも、「中学校」に進めるものは恵まれたごくごく少数でしかなかった。 

高等小学校に行かせてもらえれば幸せだったろう。「教育の機会均等」が保証されるのは戦後の学制改革を待たなければならなかったのだ。

10年前に千円札になった「野口英世」。その生家の柱には、「志を得ざれば再びこの地を踏まず」と彫ってある。
篤志家の援助で高等小学校を出させてもらった英世。

このあと、この固い決意で貧しい故郷を捨てて世に出て行く。

「検事とその妹」も固い決意で、幼くして故郷を捨て、世に出て検事を目指す。・・

472 :昔の名無しで出ています:2014/10/11(土) 19:32:31.05 ID:n4EcJVNdA
>>471
60年を超える激動の「昭和」の時代が「平成」に変わった頃、テレビで「『人生の苦悩』を歌った歌」の特集があった。しかしもはや「昭和」は遠くなりにけり。

内容は『神田川』など、とても『人生の苦悩』とは程遠いものでした。
自由と飽食の時代のまっさかり、昭和40年代、自由と豊かさを謳歌する今の若者のフォークソングだった。

古賀政男の言葉を借りれば、今は昔の人から言えばとても『ハピーな時代』ではないでしょうか。
四畳半で男女が同棲する・・“四畳半フォーク”と呼ばれる一連の若者ソング、それが、人生の苦悩”じゃ、世も末だなと寂しくなります。

日本はいつの間にか豊かになりましたが、長く貧しい時代が続きました。

「人生の並木路」は、たとえ映画は知らなくとも、映画を越えて生きていますが、昭和戦前、日本がまだ草深い貧しかった時代、
幼くして両親を失った兄と妹が支え合って生きていく“兄弟の絆”、“人生の苦悩”を歌った名曲です。

まだ20代の若きディック・ミネが歌う「人生の並木路」(テイチク1200)。

この歌を聴くと詩の世界に引き込まれそしてなぜか自然に涙が溢れ出てしまう。
支え合って真面目に生きてゆく真摯な兄と妹の姿。

そこに嘘・偽りが無い、だから聴いていて思わず涙が溢れるのでしょう。

4 生きて行こうよ 希望に燃えて
  愛の口笛 高らかに
  この人生の 並木路

どんなに苦しくとも貧しくとも、
まじめに生きていればきっといいことがある!。

昭和の歴史が生んだ歴史に残る究極の名曲といえるでしょう。是非歌い継いでいってほしいですね。

473 :昔の名無しで出ています:2014/10/11(土) 20:10:31.44 ID:n4EcJVNdA
>>472
昔は昭和戦前まで、貧しさゆえに子供を奉公にださねばならなかった。そんな苦しい選択をしなければならない貧しく苦難の時代であったことでしょう。
しかし、このころの歌には、優しさと温かさがあるのは救われます。

家族の絆や心の豊かさは、今の日本よりも至る所にあふれていたでしょう。

日本が豊かになるにつれ、こうした優しさ、温かさが、だんだん失われてゆくのは大変残念なことです。

「人生の並木路」は、味わえば味わうほど、聴けば聴くほど深みのある、それぞれの人生に重ね合わさるすばらしい歌です。
まだテレビも無かった昭和戦前から戦後にかけて、「日本映画黄金時代」で、どんな小さな街にも、小さな映画館があって、こうした映画に浸れた、貧しくとも心豊かな時代だったことでしょう。

映画「検事とその妹」は、その昔、公の支援も無かった貧しい時代、自分の人生は自分で開くしかなかっただろう時代、幼くして自ら人生を切拓くべく世に出ていく、兄と妹の真摯な青春の葛藤の姿と言えるでしょう。
その詩は「簡潔にして適切」、もう今ではけっしてできない詩でしょう。

この歌は、日本人が忘れかけていたことを思い出させてくれます。

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