【大阪】「なにわ」の宝、どこへ　【馬の骨】 [樽悶★]

樽悶 ★

　「大学を卒業して社会に出た私が第一にぶつかったものが部落問題であった。そして私はこの問題のただなかに自分の身を置くことによって、ほんとうに人間としての自覚をつくり上げることができたのだと言ってよい」

　社会派小説で日本文学に大きな足跡を残した野間宏に「大阪の思い出」というエッセーがある。作家となる前の１９３８（昭和１３）年、２３歳の野間は大阪市役所に入り、社会部（当時）に配属されて被差別部落対策を担当した。この仕事の中で差別の問題に目覚め、人権運動に取り組む人たちと出会ったことが自分を変えたという。

　当時の役所には差別観がはびこっていたと振り返る。それから日本の敗戦、高度経済成長を経ての４７年後、１９８５年のことだが、大阪府、大阪市が公的博物館といっていいほどに支援して開設されたのが、大阪人権博物館の前身施設だった。愛称は当時から「リバティおおさか」で、野間は「このような大きな喜びが、わが手元に運ばれて来るとは、なにわならでは考えられぬこと。この佳（よ）き名が日本に世界に行きわたらんことを」という祝辞を同館に寄せる。

　「なにわならでは」の言葉に、どんな感慨を込めたのか。若き日に自分を導いてくれた大阪の人権運動の担い手たちが戦後、飛躍的に理解を進展させたことへの感銘は無論だが、自らが属した大阪市が姿勢を改めて開館に寄与したこともたたえたかったように思う。

　ところが、２０１３年に大阪府市は補助金を全廃して同館の存続を危うくし、そればかりか市は１５年に建物の解体と貸与していた敷地の返還を求めて提訴した。その結果、同館はこの５月末に休館に追い込まれた。野間が存命なら、いかなる言葉を発しただろうか。

　同館は野間の願い通り、世界にも大きな影響を与えた。１４年にカナダに国立人権博物館が、１８年に台湾に国家人権博物館が誕生したが、いずれも事前に大阪人権博物館で助言を受けた。総合的に人権問題に取り組む博物館の開設は、世界でも先進的な試みだった。

　私が大阪に来て、同館を初めて見学したのは四半世紀も前だが、さすがに「庶民の街」と自負するだけあって、人間を大切にする文化が大阪にはあると感動した。「なにわならでは」の宝だと思ってきた。それが……。なんでやねんと問い続けたい。（戸田栄　編集委員）

毎日新聞 2020年6月8日
https://mainichi.jp/articles/20200608/ddf/012/070/006000c?inb=ra

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