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仏教の「無い」志向は間違いではないのか? 【02】

1 ::2015/09/25(金) 22:03:37.71 ID:C2ksM3qd.net
仏教は虚無論ではないにも関わらず、虚無論として「無」を強調し、
元祖仏陀は形而上の存在論としては「有」「無」を説かなかったのにも関わらず
「無」を仏教的教えの中心として説くのは間違いではなかろうか?

大乗の説く非有非無の世界が仏教的とは思うが、コレも「的」であり断定はできない。

仏教議論スレが消滅した上で、私の設問にいかがなものか?www

前スレ
仏教の「無い」志向は間違いではないのか?
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/psy/1411847312/

794 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 19:42:22.29 ID:79xHwVpg.net
何かまた自分だけの面白い妄言を書き始めたなw
新しいお題目だ

795 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 19:43:22.52 ID:V+XMMAJX.net
ほんの少し前すら読めない馬鹿www

796 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 19:45:30.26 ID:mWvuWHV2.net
自己中は自分以外は全部同一に見えるらしいw

797 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 19:59:40.23 ID:V+XMMAJX.net
無い無い馬鹿は自分の資産全部を寄付して裸一貫になり飯も食わず死ねw
そうしたら認めてやろうw

それすらせずに口だけで無い無いいっても無駄だろうよw
そう言っているお前自身が目障りなくらい有るんだからなw

ジャイナ教はその点見事だな。
一番の理想は生まれて何も食わずに死ぬ事らしい。

仏教はそれじゃ生きてゆけないから妥協して中道で死なない程度に
楽させてください〜という宗教なんだよw
その仏教の基本を俺は良いと思うが、阿呆は無い無い〜の無い馬鹿だから
そういう人間はジャイナ教にでも鞍替えして死ねと言いたいなwww

798 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 20:03:53.47 ID:5xDww4Qb.net
藁人形論法

799 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 20:36:05.50 ID:lDcdOnAc.net
>>797
チミの自灯明法灯明の解釈を聞いていて、チミが間違って理解してることを知り、
チミの傲慢の理由が判った。
それについてはまた明日にはなそう。

800 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 21:01:34.76 ID:V+XMMAJX.net
いや、もうお腹いっぱいなんですがねえww
話せば話すほど、書けば書くほどに己の主張とかけ離れて行く矛盾の姿〜w

ジャイナ教で断食でもして死ぬ方が説得力がありますよ〜。

801 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 22:27:24.16 ID:V+XMMAJX.net
小池龍之介さんもTVで偽者ぶりを披露されていますなあw
誰が信じるんだ?www

802 :神も仏も名無しさん:2015/11/13(金) 23:06:38.15 ID:V+XMMAJX.net
Eテレの数学ミステリー白熱教室の方が遥かに人を惹きつけるww

803 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 00:39:29.73 ID:TxEAvTZ+.net
自灯明・法灯明:

「自らを灯明とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、真理(法)を
灯明とし、真理をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ」。
(岩波仏教辞典)。

804 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 00:44:28.34 ID:3GNKLL9m.net
>>798
本当詭弁だよな

805 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 00:50:10.36 ID:TxEAvTZ+.net
>>803の「真理(法)」を、「釈迦の教え」と解釈するのは誤り。
釈迦が、「自分にたよれ。しかし、俺にはたよれ」と矛盾したことを
言っていることになるから。

806 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 01:07:53.89 ID:+dOUEiin.net
>>805
自灯明法灯明の出自はこれ>>782
曖昧を流布しちゃ社会悪だと思います

807 ::2015/11/14(土) 01:20:12.24 ID:1Az4hI66.net
>>805
仏陀は誰も自分を頼る弟子はいないと言って自灯明を説いたんだよ。
仏陀が「自分にたよれ。〜」等とは一言も言っていないし、そこに何ら矛盾は無い。

808 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 01:31:42.95 ID:1Az4hI66.net
↑この「自分」は仏陀自身の事で、説いている相手の「自分」ではない。(念のためw)

809 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 01:39:38.91 ID:SGDjhfPT.net
カーラーマ経(http://www.j-theravada.net/kogi/kogi12.html
人々の耳に伝えられるもの、例えば秘伝や呪文じゅもん、神の啓示などに頼ってはいけない、
世代から世代へと伝え承けたからといって頼ってはいけない、
古くからの言い伝え、伝説、風説などに頼ってはいけない、
自分たちの聖書や教典に書いてあるからといって頼ってはいけない、
経験によらず頭のなかの理性(思弁)だけで考えることに頼ってはいけない、
理屈や理論に合っているからといってそれに頼ってはいけない、
人間がもともと持っている見解等に合っているからというような考察に頼ってはいけない、
自分の見方に(見けん)に合っているからというようなことだけで納得してはいけない、
説くものが立派な姿かたちをしているからといって頼ってはいけない、
説いた沙門が貴い師であるというような肩書などに誤魔化されてはいけない、

これら一切に頼らずに至れた答えこそが真理であると言うのが仏教の真髄です
自灯明法灯明はそのエビデンスであり方法です

810 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 01:55:21.56 ID:TxEAvTZ+.net
>>808
出ました。超カルト解釈。そこまで釈迦に洗脳されているのか。

誰か、出典の長阿含経の文章を引用してくれ。

「思惟によって良くこころを統一し、おのが心をまもれよ」(中村訳)。

この「おのが心」とは、当然、「(釈迦が語りかけている)弟子自身の心」。

811 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 03:03:03.20 ID:B2sy7JcC.net
>>810
バカモノ、簡単に長阿含と言うがどれもが重要経典で長いものばかり六十経の集まりなんだぞ?
中村氏が何を出自としてその下りを書いてるかの引用元位書くのが筋では無いのか

812 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 08:27:33.67 ID:1zXJgy2/.net
>>800
消化してないからお腹一杯が害になってんだな。

チミは「法灯明」を無視してる。
自分が法と言う真実と真理に合致してるかどうかは、自分以外判らないだろう?

チミが真理に違反してるなら、チミが不利益を被るのであり、他者は無関係なのだ。修行においては。
ゴータマさんは、法灯明を抜きにして自灯明を言ったんではない。
法灯明のために自灯明を説いたのだ。

で、法灯明の「法」とは何か、について、それは客観的なものでなければならない。真理なのだから。
それを認められるかどうかがカギだな。ところがチミはそれを認めないでいる。
だから、チミの自灯明は自己中心で、俗世間の俗説を頑強に主張することになるのだろ。

俗世間の俗説だから、チミの本心から出てきている心根が無いのだ。
その俗説は突っ込みどころ満載で、チミ自身ちっとも安心できないものだ。
そのために、こんな優れたスレで、暴れて調教してもらいたいというのがチミの隠れた本心なんだよ。

813 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 08:33:33.84 ID:1zXJgy2/.net
>>810
> 「思惟によって良くこころを統一し、おのが心をまもれよ」(中村訳)。

「心の統一」と言っているが、「心の統一」とはどういうことか?

814 :CIAパンドラ計画:2015/11/14(土) 08:48:32.69 ID:/ipTrM0r.net
>>740
またか

お前は何処のアホだ

> 「語れる訳が無いだろ」と語っているそれは何ですか?

「論点がずれる」という事がどういう事か分かるか?

それだけだ

> あなたもそのクズとやらの中にいる訳です
> 世間を嫌悪するものにどうして世間を理解出来るでしょうか

お前はこのセリフに何の意味が有ると思っているんだ?

世間を嫌悪しようがしまいが
どの道馬鹿に分かる事は無い

どうでも良い事を言っているだけだ

> まさに人の話をマイルールで勝手に決めつけて話を片付ける様な発言ですね

まただ
一々人の事を知ったかぶるな
論点だけを語れよ「能無し」

それが出来ないからって「人のせい」にしないでくれ

815 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 09:15:14.44 ID:XtaIB+af.net
お疲れ様です。

知られているものは全て想念ですよ。
無いに等しいくらいの儚いものです。

その儚い想念の上に基盤を持ち頑張っているのが我有り、世界有りという人です。
なぜ生きているかも分からないのに、いろんなことを覚えている、思い出せる、知っている。と言い張ります。

競い争い心は常に不満を持っているため未来に向けて何かを掴みに頑張ります。
お疲れ様です。

816 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 12:13:37.28 ID:O1rBRa/4.net
>>818

「心の統一」とは、感情的にならずに常に冷静に「我」を保ち、己の「生命
の深奥の声」に耳を傾けること。そして、他者の「我」を忘れないこと。

817 :CIAパンドラ計画:2015/11/14(土) 12:44:44.35 ID:/ipTrM0r.net
>>815
想念を語っているのかね?
とここで言う所だろ?

お前がだよ

「人の話」を「想念です」で片付けるなら
「お前はどうなんだ」と返すのだよ

またかよ
どういう話でも知ったかぶりしか出来ないのかよ
本当に低能なんだろうな

> 競い争い心は常に不満を持っているため未来に向けて何かを掴みに頑張ります。
> お疲れ様です。
汚い言葉だの羅列だ

競い争いがいけないというなら
始めから語るなよ
それを言った後に「お疲れ様です」と来たもんだ

どれだけ「知ったか」すれば気が済むんだよ
この知恵遅れはよ

818 :CIAパンドラ計画:2015/11/14(土) 12:47:31.77 ID:/ipTrM0r.net
>>816
お前がだよ

>>815
それと
そんな事何処の馬鹿が言ってるの?

世間では科学絶対主義の様なものがあるけどね
あれの否定をするだけですよ

「科学に絶対は無い」
それを理解しないバカの思い込みを
妄想だと言っているだけですからね

お疲れちゃん

お前らは「科学万能豚カルト」だろ

悟りの真反対

ニヒリズムの真反対

何を気取ってんだよ馬鹿がよ

819 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 12:48:30.18 ID:x4PFdCWm.net
・俺はこのように思う
・○○さんはこのように言っている
・経や論書にこのように著されている

等、自説か学者など他の人の説なのかをはっきりさせた方が良いと
思うだけれど…
「中村先生が〜」にしても出典の明示と正確な引用があると話が転がり
やすいと思うんだ。

820 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 13:16:12.74 ID:1zXJgy2/.net
>>797
>無い無い馬鹿は自分の資産全部を寄付して裸一貫になり飯も食わず死ねw
そうしたら認めてやろうw

そういうことを言うところから、チミはゴータマの説く理法を理解してないというのだ。
ゴータマは、”世界を空なりとみよ”といったんだろう?
その世界の中には、資産を寄付する行為も、飯も食わずに死ぬ行為もすべては言っているんだよ。
もちろん資産を楽しむ行為も、御馳走を食う行為もすべて、空の真実の範囲内なんだよ。

三輪清浄という法門がある。物質と当事者二人は、空の範囲で行うので、三者とも清浄だというのだ。
もし誰かが欲の心でやり取りするなら、三輪清浄とはならないが、。
目標は清浄な世界、空の世界、無相の世界なのだから、それに適合しておれば何の問題もないわけだ。

821 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 13:49:00.58 ID:1zXJgy2/.net
>>816
>「心の統一」とは、感情的にならずに常に冷静に「我」を保ち、己の「生命
の深奥の声」に耳を傾けること。そして、他者の「我」を忘れないこと。

違うと思うよ。
心を統一するとは、一なる実相を観想することだよ。無心の時が、実相である
一っ相、無相、無願の状態にある時なのだ。

822 :CIAパンドラ計画:2015/11/14(土) 14:19:39.57 ID:/ipTrM0r.net
どの道エガスの組織が暗躍しているのに
言っている事が意味不明だ

823 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 15:07:44.08 ID:1Az4hI66.net
>>810
全くカルトの要素は無い。
大パリニッバーナ経を読めば分かるだろうよw

824 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 16:25:48.73 ID:hmcQs95g.net
>>821

人間は動物の一種属であり、その唯一の普遍の基盤は「生命の維持(生存)」への
欲動だから、生存に無関係な対象や思考は、「一なる実相」ではない。

人間は、現実に100%依存しない限り、一瞬も生存できないのだから、現実
のみが「一なる実相」となる。生死に関る究極の状況においては、生を維持する
現実(物質)のみが、唯一の実相。

825 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 16:27:17.18 ID:xo0jEmVs.net
>>824


隠居まだ日本で工作員活動してたのか?
金正恩に粛清される心配はないのか?帰国したほうがいいと思うぞw

826 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 16:50:37.86 ID:1Az4hI66.net
>>820
空の隠れ蓑の裏ではやり放題ww
酒池肉林も空だから無問題ってか〜w

まさに糞のような主張だなw

いくら無い無い言っても2ちゃんねるで糞持論を展開するお前自身は明確に有るなあww

まあ、お前が全資産を投げうって裸一貫飯も食わずに死ねば認めてやろう。
あと、病気にかかろうが絶対に医者にはかかるなよww
かかった時点でお前は地獄逝きだ。忘れるなw 簡単に前言撤回は閻魔大王は認めないという事だ。

827 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 17:21:41.82 ID:hmcQs95g.net
釈迦カルト(小乗仏教)って、「自灯明」と言う言葉がよほど嫌いなようだね。
この仏教で最も有名な言葉が、岩波を除く仏教辞典には出てこない。中村博士の
「仏伝」でも、自分に頼ったのは釈迦だと言っている。

釈迦カルトは、自灯明では、釈迦の面目がなくなるからだろうw。

828 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 17:41:13.90 ID:xo0jEmVs.net
隠居神カルトは元気そうだな。
朝鮮総連への報告は済みましたか?

829 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 17:45:51.26 ID:tGDiH4AF.net
仏教徒集団「ボドゥ・ボラ・シーナ」が、少数派イスラム教徒ロヒンギャ族に虐殺行為を繰り返している。
ロヒンギャ族はもともと、東インドのベンガル地方(現在のバングラデシュ)に居住し、
15世紀以降に、ビルマ西海岸で繁栄したアラカン王国に商人や傭兵や商人として移住して来た。
仏教徒のアラカン族とイスラム教徒のロヒンギャ族は、元々は平穏に共存していたが、
英国の植民地政策と第二次世界大戦での日本による侵攻で、その関係が一変し現在に至っている。
ミャンマー最西部のラカイン州、ベンガル湾とバングラデシュ国境にほど近い州都シットウェ。
この地で深刻な人道被害が発生している。
多くの人がその惨状を、「まぎれもなく、これはジェノサイド」だ、と。
国を跨るロヒンギャ族は各地で虐殺されている。

画像
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/d1/b532df13f201ad31568d9830134f4c8b.jpg

830 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 18:13:39.85 ID:hmcQs95g.net
>>829

ミャンマーは、小乗仏教国。

831 :CIAパンドラ計画:2015/11/14(土) 18:19:45.98 ID:/ipTrM0r.net
「仏教徒集団」「イスラム教徒ロヒンギャ族」

スゲーよな!

こんな下りから集団の行為を説明する事がスゴい!

豚カルトは宗教対立を捏造するよね

いい加減くだらねー事しか言ってねーと
普通に言いたいんだがね

くだらねーよな!

日本人に宗教なんてほとんど関係なかったけど
西洋の感覚をそのまま導入していて
豚カルトが西洋から来てる事が
嫌になる程よく分かるんだよ

宗教対立なんて誰か気にしてたっけ?

凄いうきまくっているよね
この連中は

832 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 19:03:56.90 ID:Ho3SRqlE.net
そいつは至るところに貼りまくってる
相手にするな
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/occult/1447328222/258

833 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 19:10:58.92 ID:1zXJgy2/.net
>>826
維摩経の維摩がそれじゃやないか。
仏道はどうしたら達成できるかと問われた時に、
「維摩は「非道(貪・瞋・痴から発する仏道に背くこと)を行ぜよ」と答えた。
彼の真意は「非道を行じながら、それに捉われなければ仏道に通達できるということを意味している。

834 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 19:12:52.27 ID:1Az4hI66.net
維摩経など大乗仏典は全て偽経。
経典作者の創作に仏教を求めても無駄〜ww

お前は病気になっても医者にかからず死ね〜ww

835 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 19:15:44.41 ID:wF3mgv7T.net
語るに落ちるとは、このことか・・・

>>829
>元々は平穏に共存していたが、
>英国の植民地政策と第二次世界大戦での日本による侵攻で、その関係が一変し


少なくとも、
宗教的対立(宗教の領域に於ける思想的対立)が主因ではないわなwww


んと、紐も隠居も、発言は右向きだけど、思考回路はトコトン左掛かってるよな・・。

836 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 19:16:38.77 ID:wrLP+g99.net
出家(魂の)してついて来ない者は私に相応しくない。
相応しくないものがいくら釈迦や仏教を理解しようとしても限界がある。

837 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 20:40:27.97 ID:hmcQs95g.net
>>835

小乗仏教(釈迦カルト)は、開祖の神格化と妄信という点で、一神教的である。
タイもスリランカもカンボジアもラオスも、小乗国。

838 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 20:51:18.64 ID:wF3mgv7T.net
>英国の植民地政策と第二次世界大戦での日本による侵攻で、その関係が一変し

839 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 20:56:13.40 ID:wrLP+g99.net
問題の総合商社、神を理解せず救われるさえ勘違いし排他的で好戦的。

840 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 21:45:38.20 ID:hmcQs95g.net
>>838

宗教心理(宗教に内在する精神病理)は、そんな一時的外的要因で変わる
ものではない。

英国の植民地政策は、キリスト教宣教の目的が先行するから例外かも知れ
ないが、日本の占領が一体どれほどの期間続いたのか?

841 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 21:59:03.88 ID:wF3mgv7T.net
>>840

>>829に言えよw 分析(≒引用?)が間違っている、と。

842 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 21:59:17.08 ID:1Az4hI66.net
>>827
小乗、大乗の区別なく仏教依存、仏陀依存の姿勢自体を仏陀は嘆くだろうw
己の頭で思考し理解し実践すれば良いだけなのを伝統という名の元、糞な教義に
縛られ身動きできずに生きる事自体が哀れw
中村元氏は仏教に教義無し〜と言ったそうだが全く同意する。

843 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 22:09:42.11 ID:hmcQs95g.net
>>841

「日本の侵攻」などという短期的外部要因まで持ち出したことは、「宗教擁護」
の意図を感じる。

844 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 22:16:19.67 ID:hmcQs95g.net
日本に到来したのが大乗仏教であったおかげで、神仏習合を生じるまでに
神道と融和した。

小乗仏教であったなら、これほどの融和は不可能だったであろう。

845 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 22:23:08.37 ID:1Az4hI66.net
日本は聖徳太子以来、和を持って尊しとする気質があるから
小乗だろうが大乗だろうが変わらないとは思うが。

846 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 22:40:50.02 ID:3NEK2N4O.net
しない生活とか言うおっさんは煩悩を批判するのに、自ら高級衣を身に付けてる・・・

847 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 23:02:18.95 ID:1Az4hI66.net
>>801の小池だなw

848 :神も仏も名無しさん:2015/11/14(土) 23:49:49.56 ID:7jixjDqG.net
おい

849 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 00:19:34.42 ID:pwaWB1hI.net
>>845

聖徳太子は大乗仏教w。

850 ::2015/11/15(日) 00:36:16.84 ID:9mAMisVc.net
人間は一人で産まれ一人で死なねばならない。
生きている間にいくら愛とやらを育んでも死ぬ時は一人だ。
心中で一緒に死んでも死を他と共有する事は出来ない。

別離こそ人生であり、死んで我と別離するのも人生である。
糞な仏教の教義などにうつつを抜かすより、こういう現実をじっくり見つめる方が貼るかに有意義だろうよw

851 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 01:45:59.58 ID:+B7o5pJi.net
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/healing/1443450610/5
  ↑ ↑ ↑  ↑ ↑ ↑ 

852 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 03:07:52.57 ID:aTre/xGr.net
諸行無常というのは何かっていうと、時間的幅を持って継承される固定した存在は
いないってことなんだよ。
外面的にはなんの変家しないものでも、素粒子レベルでは常に変化してて、
まったく同じものが0.1秒後でも継承されるということはない。

「パンがカビた」という時一般の人は、「カビる」という働きとは別に
純粋な「パン」という存在を想像する。
そう、時間的に継承される変化しない存在を・・・。 (実体)

しかし、「パン」という変化しない実体は存在しない。
「パン」は表面的には変化しないように見えても、0.1秒後には素粒子レベルで見て
全く同一形態のものとはいえない。常に変化している。
「パン」が表面的に変化しないように見えても素粒子レベルで変化しているように、
「パンがカビていく」というのも全く同じ変化だ。
つまり、素粒子レベルの変化から切り離された、「まったく変化せず継続するパンという実体」は存在しない。
つまり、「カビていくパン」というものから、「カビる」という働きと、「パン」という純粋な実体を分けることなど出来ない。
「カビていくパン」は「カビていくパン」以外の何物でもないのだ。

「カビていくパン」が「カビる」というのなら、それは「パン」が「カビる」ということではなく、
「カビていくパン」という存在がさらに「カビる」ということになるから、
やはり龍樹の言うように、「カビる」という働きが二重になる。

このように、全体で一まとめなものを分離して、個々に実体があるように見てしまうのが
ふつうの人間の見かた。

もしも「九州に上陸しつつある台風が九州に上陸する」というなら、
「九州」と「台風」と「上陸する働き」とがセットになって、さらに九州に上陸するということになる。
九州の上に九州が乗っかることになる。

853 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 08:18:48.92 ID:40J6LzX+.net
考えすぎかな。
何と言っていいか、わからんけれど、
常識的に、  おかしいと、思うんだ。
別に、批判してるんじゃあ、ないよ。
頭のいい人、若い人、考えて答えを出そうと、
熱心に追い求めている人などが、そういう傾向になりやすいのもよく、
みうける。
追うことは、間違いかもしれない、と、思うのはどうかなあ?
追えば、(知の)わなにハマる、ということも、あるかもしれないんだ。
とくに、かんじんなものに いやいや しかたないやね。
いろんなひとがいて、この世だ。

854 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 08:20:06.73 ID:40J6LzX+.net
考えすぎかな。
何と言っていいか、わからんけれど、
常識的に、  おかしいと、思うんだ。
別に、批判してるんじゃあ、ないよ。
頭のいい人、若い人、考えて答えを出そうと、
熱心に追い求めている人などが、そういう傾向になりやすいのもよく、
みうける。
追うことは、間違いかもしれない、と、思うのはどうかなあ?
追えば、(知の)わなにハマる、ということも、あるかもしれないんだ。
とくに、かんじんなものに いやいや しかたないやね。
いろんなひとがいて、この世だ。

855 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 09:05:01.43 ID:8XqFdCwG.net
>>814
780 実に悪意をもって(他人を)誹る人々もいる。また他人から聞いたことを真実だと思って(他人を)誹る人々もいる。誹ることばが起こっても、聖者はそれに近づかない。だから

聖者は何ごとにも心の荒むことがない。

781 欲にひかれて、好みにとらわれている人は、どうして自分の偏見を超えることができるだろうか。かれは、みずから完全であると思いなしている。かれは知るにまかせて語るで

あろう。

782 人から尋ねられたのではないのに、他人に向かって、自分が戒律や道徳を守っていると言いふらす人は、自分で自分のことを言いふらすのであるから、かれは「下劣な人」で

ある。と真理に達した人々は語る。

783 修行僧が平安となり、心が安静に帰して、戒律に関して「わたしはこのようにしている」といって誇ることがないならば、世の中のどこにいても煩悩のもえ盛ることがないのであ

るから、かれは高貴な人である、と真理に達した人々は語る。

784 汚れた見解をあらかじめ設け、つくりなし、偏重して、自分のうちにのみ勝れた実りがあると見る人は、ゆらぐものにたよる平安に執著しているのである。

785 諸々の事物に関する固執(はこれこれのものであると)確かに知って、自己の見解に対する執著を超越することは、容易ではない。故に人はそれらの(偏執の)住居のうちに

あって、ものごとを斥け、またこれを執る。

786 邪悪を掃い除いた人は、世の中のどこにいても、さまざまな生存に対してあらかじめいだいた偏見が存在しない。邪悪を掃い除いた人は、いつわりと驕慢とを捨て去っている

が、どうして(輪廻に)赴くであろうか?かれはもはやたより近づくものがないのである。

787 諸々の事物に関してたより近づく人は、あれこれの議論(誹り、噂さ)を受ける。(偏見や執著に)たより近づくことのない人を、どの言いがかりによって、どのように呼び得るであ

ろえか? かれは執することもなく、捨てることもない。かれはこの世にありながら一切の偏見を掃い去っているのである。

856 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 10:02:33.59 ID:0rHxPkIT.net
量子力学的には、すべての物質は、超高速で運動する微粒子の関係的集合体で
ある。つまり、中身スカスカで、常に変化している。しかし、人間が見ると、
固定した一定の物質に見える。これが中論の「空」の意味である。

例えば、君の隣に横たわる恋人の白い、豊満な裸体は、実は、中身スカスカ
なのである。しかし、人間である君にとっては、固定した実在以外の何物
でもなく、夢中で抱こうとする。

すべては生命による知覚の神秘である。量子力学のコペンハーゲン解釈では、
この生命の不可知の神秘ゆえに、「波束の収縮」という、自分でも無意味な
ことがわかっている概念を導入せざるを得なかったのである。

生命は、己の生命を以っては対象化できない唯一の存在。

生命を「無明」呼ばわりした釈迦は、生命のこの限りない神秘と驚異とに思い
至れなかった。

857 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 10:16:29.80 ID:0rHxPkIT.net
>>855

すべての人間は、「生命においては等価・至上」なのだから、釈迦が人間を
聖者と凡夫に差別したことは根本的な誤り。

宗教によるそのような根拠の無い差別から、人間同士の争いが生じている
のである。

「聖俗」も相対的概念だから、中論の空である。善悪や清濁と同様、一方が
なければ、他方もありえない関係。執着すべき自性はない。

釈迦は、空なる「聖」に執着しまくり。

858 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 10:46:57.16 ID:ESWJYIVp.net
>>855
ありがたいね。聖者の言葉を聞くのは。

>>856
中論の空の意味は、微粒子同志は、相対存在なので、微粒子自体には、
実体がない、即ち存在しない、という意味だ。

チミは人間は微粒子集合体で、中身がスカスカであって、且つ運動していて、
しかし固定した一定の物質に見える、というが、どんだけ矛盾したことを言っているか
自分で分からないのか?

そんな支離滅裂な言論を竜樹がしたのか?誰も相手にしない。そんなやつは。

竜樹は、この地球上で一番固い鉱物とされているダイヤモンドさえも、
実体のない、幻だ、と論証したのだ。

859 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 11:05:22.92 ID:9mAMisVc.net
「実体のない」の無い馬鹿登場www

860 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 11:16:45.01 ID:ESWJYIVp.net
森羅万象に実体がないのだ。
そこで、森羅万象を除去すると、そこに実体が現れるのだ。

世間を対象に言論するときは、世間は森羅万象しか見ていないので、実体がない、というのだが、
真実としての実体が存在しないと言っているのではない。

その真実としての実体は無相の相を採っているもの換言すると姿の無い姿をしているもの、なので、
その真実の実態によれば、世間の人の見る森羅万象は、「ない、ない、ないよ」と言うに尽きるのだ。

おかしくないだろう?チミの誤解だよ。

861 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 11:22:39.23 ID:bmJFJ1C/.net
ある人いわく「私はこの宇宙が広がっているのか、縮まっているのか、
       それをあなたから教わったなら仏教へ帰依します」
シャキャムニ「宇宙が広がっているとか縮んでいるとか、そんなことが
       あなたの解脱に何の役に立つのか。今ある苦しみを
       除くことこそ肝要である」

素粒子が量子力学がどうのこうの言ってる連中は
仏教徒ではない

862 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 11:22:54.48 ID:9mAMisVc.net
「実体のない」の無い馬鹿に付ける薬は無い。
死ぬまでキチガイのまま。
絶対に医者にかかるなよwww 

863 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 11:27:47.93 ID:0rHxPkIT.net
>>858

釈迦は「聖者」ではなく、あくまで「自称聖者」w。イエスも「自称神(の子)」。
詐欺師に騙されないようにw。

微粒子も、観測装置で観測できる限り、実在である。ニュートリノも、観測に
より、質量があることが発見されたではないか。微粒子も、さらなる微粒子の
関係的集合体であることが、今後も発見され続けるであろう。中論が相対性
理論や量子力学を先取りしていることは明らか。

竜樹は、「幻」とは言っていない。「幻のごときもの」と言っている。両者は
大違い。竜樹の表現の苦労を、少しは理解しようw。

864 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 12:23:19.46 ID:ESWJYIVp.net
>>863
科学の論理は詳しくないが、科学の論理であろうが哲学の論理であろうが、
別世界と見做してはならないと思うお。同じ人間が、その論理に接し、意見を持つのだから。

で、実在とか実体とか、実相とか、真実とか、色々な表現を使用するが、これらは同じ意味だ。
で、実在と言うときはそれが真実なものとして存在していなければならない。真実なものとは絶対存在としてあるものでなければならない。
つまり自存しているものだ。相対存在ではないというものだ。

観測してその存在が確かめられたということでそれが実在しているというのは正しくないわけだ。
なぜなら、それは絶対存在でないことは明らかだろう?

絶対存在だけが実在しているので、そんなニュートリノなどの微細なものが絶対存在などと言えない。実在ではないのだ。

865 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 13:49:41.47 ID:ESWJYIVp.net
>>852
むづかしいのか、論旨がぼけてるのか、判らない。なんか程度の高いことを言おうとしてるような印があるようだが、
わかんねい。

866 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 14:03:44.29 ID:9mAMisVc.net
実体が有るのか無いのかを問うのは形而上の存在論であり、これの答えは不明以外に有り得ない。
にもかかわらず、無いと断定している時点で大間違いなんだよw

無いの主張は矛盾も矛盾、大矛盾である。
主張している本人が有るのに無いとはコレいかに?ww
空を隠れ蓑に裏でやりたい放題の阿呆だから矛盾を矛盾と認識しない。

人間にとり「有る」がメインの命題であり「無い」はサブである。
サブとメインの取り違え自体が阿呆なんだよwww

867 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 14:15:57.27 ID:/oKhFpRX.net
>>866
横から何度も言うけど、
釈尊以来(部派仏教も般若思想群も)、諸法が(諸存在が) 「ある」 ことは大前提なの。
立場の違いは、「どのようにあるか」なの。それは龍樹(中論)でも同じ。

このとき、

 「その《在り様》は、固定的実在的に一つ(一種)である」

とするのが西洋哲学、西洋的世界観なの。
で、仏教では(お釈迦さん及び龍樹等大乗空思想群は)、《それ》を

 「(一時的に)、縁起してあるもの、所縁によって現れているもの」

とするの。

こんなシンプルなことが、まだ解らないかなぁ・・w

868 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 14:20:36.50 ID:9mAMisVc.net
>釈尊以来(部派仏教も般若思想群も)、諸法が(諸存在が) 「ある」 ことは大前提なの。
>立場の違いは、「どのようにあるか」なの。それは龍樹(中論)でも同じ。

説一切有部は法を実有としたが龍樹はそれを論破する目的で中論を書き上げた。
説一切有部と龍樹は正反対である。この基本もわきまえずに下手糞な空の解説など屁のツッパリにもならんわww

869 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 14:24:12.73 ID:/oKhFpRX.net
>>868
有部の立場の前段階が必要なんだよ、君にはw


海辺で子供が≪「お城」を「作った」≫とき、そこに「城」は「ある」?「ない」? w

870 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 14:24:59.67 ID:9mAMisVc.net
出ましたww 毎度おなじみのセブンの超下手糞比喩www

871 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 14:32:49.14 ID:/oKhFpRX.net
有部が「ある」としたものが何か(どのようなことか)をわかってないよねぇ・・。

紐や隠居の立場(考え方、視線)に於いては、有部と龍樹の間の違いを言い得ないんだけどね・・。
(つか、君らからしたら、有部と龍樹は同じ「無い無い思想」になっちゃうんだけどね・・。
 「どのようにあるのか」の点で比較して初めて、両者に差異が出てくるんだけどね・・。
 中論、まったく読めてないよね・・・。
 対論者同士が、同じ 「諸法の縁起してあること」(実体なきこと) に関して、
 その解釈・解説の仕方に於いて対立軸にあることが・・。)

872 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 14:39:10.44 ID:9mAMisVc.net
法を有るとする立場と有るとは言えないとする立場では同じとは言えない。
これを同じというアンタが馬鹿なんだよw

ものの説明の仕方を勉強しなおして来いw

873 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 15:30:19.29 ID:hqkKwhJ+.net
幽霊を信じている人が「幽霊を見た」という時はその人にとって真実です。
幽霊を信じていない人は彼が幻を見たといい。それはその人にとって真実です。

悟り体験をしたことのない人は「釈迦は詐欺師に違いない」と言うかもしれません。
当時もそのような人はいたでしょう。キリストも・・・・・

思念の相対世界においては、どんな事柄についてもこのような違いが出てきます。
人を説得するのは難しいという事は覚えておきたい事です。

874 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 15:43:27.93 ID:/oKhFpRX.net
ほらw まるでわかってない。 刹那滅という語さえ知らんのじゃね?

「縁起する」というテーゼを外れ得ない以上、
有部は、実体・実在を極限まで細分化して、
細分化して細分化して尚、何かを残さなければ、次の果へ繋がらない故に、
次の果への因や縁となるべく「法」は「有」でなければならない、というところへ行きついただけ。
(その「有」が「実体、実在としてのもの」かどうかは、また別問題。各論ある。)
まるで、現代科学物理学が、世界を粒子の構成によってできあがっているとするのに相似する。
 *(当然のこと乍ら、有部でさえ、
  隠居や紐が言うように「『物』がある、実在してある」などと言ってはいない
  ことにも留意しなきゃならんわけだが・・。
  問題となるのは、
  唯識教学との絡みで、心的作用、心的要素に関しても「有」となって行きがちだという点。)
   *(こういうデリケートなとこはチンプンカンプンだろうけどw)

だから、龍樹は、「そうではない」「微細な瞬間の切り取りさえも叶わない」
「流動的で切れ目のない」ダイナミックな縁起を中論で語ろうとしたわけ。

つまり、両者ともに「縁起して《ある》実体無き諸法」を説明しているだけ。
問題となっているのは
「縁起性」とはどのようなことを言うのか?ってトコなんだけどね・・。

875 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 15:48:00.67 ID:9mAMisVc.net
俺はモノが有るなどとは一言も言っていないw
人の言う事は理解せずに己の言いたい事のみを喚き散らす〜w
実体が有るとも無いとも言わない〜不明が答えだと繰り返し言っている。
無いと断定する阿呆は「実体が無い」というから阿呆と言ってるんだがなw

個々人の実人生は有る。コレは存在論ではない。

876 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 15:57:57.18 ID:Gvs49Wct.net
実有・実体ではなく
空という性質であるからこそ
因と縁の双方の縁起に依存して
仮に、現れ、そして、滅して逝く
それでも、とりあえず ↓ これ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%8E
つくば市にある高エネルギー加速器研究機構 (KEK) から
スーパーカミオカンデに向かってニュートリノを発射するK2Kの実験において
ニュートリノの存在確率が変動している状態を直接的に確認し
2004年、質量があることを確実なものとした
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E5%AD%90
シュバルツシルト半径が(現実的に存在するかどうかは別として)計算上存在する
しかし、電子が大きさを持つかどうか・内部構造を持つかどうかは判明していない
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E5%AD%A6
量子力学の場合は、古典力学で成り立っていた、因果律が成り立たない
量子力学は
すべての物理量の値を同時に定まった値を持っているという
素朴な実在論としては記述できず、非実在論的である
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E5%8B%95%E9%96%A2%E6%95%B0
波は重ね合わせの原理(波1と波2が同時に存在できる)を満たすため
物体が同時に複数の相異なる状態を取りえる(シュレーディンガーの猫)ことを示す
我々が住む日常世界の他に
全く異なる並行世界が存在することを期待させるために、様々な空想を生んだ
しかし「波動関数の実在性」そのものに関する解答は存在してない

877 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 15:58:11.20 ID:9mAMisVc.net
無いの主張は断滅論であり有るの主張は常住論であり仏陀は両者を取らない立場を表明した。
全くその立場に同意する。

しかし世の中の阿呆は実体が「無い」〜と断滅論を採用しているww
コレは明確に間違いである〜というのが私の主張だw

878 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 16:09:18.12 ID:/oKhFpRX.net
>>877
だからw

 ≪「実体」は無い≫ の。 ≪「諸法」は「ある」≫ の。 ≪「諸法」は「実在」しない≫ の。


>>875
>俺はモノが有るなどとは一言も
じゃあ、君が今見つめているモニター(画面)は何だい? 「モノ」じゃないのかい?
君は体を有していないのかい? 君の肉体は「モノ」じゃないのかい?
君の肉体は、あるともないともわからないような不確かさなのかい?

 *(それこそ、きみこそが病院行く必要ないんじゃね?w つか、病気にすらならんだろw
   あるともないともわからない身体について、何をし得ようかw
   隠居が一番批判してるのが、その「あるとも無いともわからない」というトコなんだが?w
   彼はよく言ってるよ。自分の頭をハンマーで叩いてみろ、とねw
   身体もハンマーも、あるかないか判らないんだろ?
   君の体があるのかないのか、ハンマーがあるのかないのか、試してみたらどうだ?www)

879 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 16:15:41.62 ID:9mAMisVc.net
>じゃあ、君が今見つめているモニター(画面)は何だい?
コレは俺にじゃなく一切が無いの主張する阿呆に言うべきだろうよw
俺の主張は個々人の実人生は有るんだからなww

モノの存在については不明としか言えまいw
法もその存在については龍樹は空とし、「ある」とは言わない。
コレをあるとするのが説一切有部だ。あると断定するのは有部だけだろうよw

880 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 16:37:27.35 ID:/oKhFpRX.net
>>879
>俺の主張は個々人の実人生は有るんだから
(「>実人生」ってのが何を指しているのかによって、話も変わってきそうだがw)

 「ある」んじゃんw

なぜ、「あるともないともわからない」 でなく、「ある」 と断言してるんだい?

881 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 16:40:08.27 ID:Gvs49Wct.net
説一切有部(せついっさいうぶ)
「あらゆる現象(諸法)を構成する基体として、有法、法体(ダルマ)を想定し
  この有法は滅することなく、過去・現在・未来にわたって存在し続けること(法体恒有、三世実有)」を主張した

 − これに対して −

大乗の場合は
”無自性・空”を主張して説一切有部の説を批判した
しかし
唯識派になると説一切有部の分析を積極的に取り入れるようになった

世親は「唯識二十論」で「世界は個人の表象、認識にすぎない」と強く主張する一方
(実有・実体ではなく
  空という性質であるからこそ
  因と縁の双方の縁起に依存して
  色受想行識の仮和合は
  地水火風空識の依存による仮の現れなので
  「仮設としての」という意味で)
言い表すことのできない
「(仮の)実体がある」とした
「(仮の)相を有している」とした

仮設としての
我癡・我見・我慢・我愛に依存して
(変化しないものは)存在しないにも関わらず
(変化しないものが)有ると思う虚妄の執著である遍計所執性(へんげしょしゅうしょう)が現れ(滅し)ていく

882 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 16:43:21.36 ID:9mAMisVc.net
個々人の人生や人生主体としての我は有るだろうよw
コレを無いというのは阿呆だろww 存在論じゃないんだからな。

モノの存在を問う場合は不明だろうよ。
これを無いというのは阿呆だろうww

素粒子を細分化して何か残るのか否か?
宇宙の果ての先には何か有るのか無いのか?
こういう設問に対して「有る」とも「無い」とも言えまい。

つまり、どちらにせよ「無い」と断定する事自体が間違いなんだよ〜w
こんな簡単明瞭な事も理解できないのは余程仏教に毒されているからに違いなかろうww 哀れ〜www

883 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 17:06:01.79 ID:/oKhFpRX.net
ほうw 新たな局面を呈してきたなw

>>882
>個々人の人生や人生主体としての我は有る
「どのように」「ある(有る)」んだい?

>モノの存在を問う場合は不明だろう
「モノ」(の「ある」「なし」は不明であり、
「人生」や「主体(我)」の「ある」「なし」は断定できるという、
この差はどこにあるんだい?

一般的な価値観では、日常生活の中では、
「モノ」の存在の方が、より確かなことのように感じられる筈だが?
 (隠居は少なくともそう考えているのでは?
 食べ物という「モノ」が無ければ生きていけない、とw 霞を食ってるのか?と。
 リンゴなら、目の前に見え、触れ、食して、そこに「ある」ことが確認できる、とw)
対して、≪「人生」が「ある」≫というとき、それは「どこ」にあるんだい?

リンゴより遥かに確かなものとして、【自身に】、【感じられる、認識できる】ということかな?w
(デカルトが疑いきれなかったようにw)


ということで、認識論的な展開を見せそうな気配w  (パーピが横槍入れそうだw)

884 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 17:12:20.81 ID:9mAMisVc.net
己の人生を有るのか無いのか分からない〜
己の人生の主体たる我が有るのか無いのか分からない〜
というのが正常だというのか?ww

また、存在論ではどうしても素粒子や宇宙の果て論になるんだが有無を答えられるかね?

存在論か非存在論かの違いは明瞭だろうよ。
それが見えないのは己の頭を嘆くことだ、仏教に染まりすぎた己の頭をなw
仏陀が見れば嘆くだろうよ〜
これほど自灯明を無視した弟子は私の弟子ではない〜と言うに違いないwww

885 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 17:18:15.15 ID:Gvs49Wct.net
 
紐くんの場合は
> 「有る」とも「無い」とも言えまい

 − これに対して −

経典・論書・解説書の場合は
「輪廻にある存在」と掴もうとしている想いも手放し
「涅槃」と掴もうとしている想いも手放し
「想う」と掴もうとしている想いも手放し
「想わない」と掴もうとしている想いも手放し
非想非非想を超えて
「想いを手放す」という想いも手放し
http://www54.atwiki.jp/waikei2008/pages/22.html
滅に触れて想滅定が生起して(心作用の消滅)
http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/BR/0095/BR00950L017.pdf
迷妄を性質として壊滅するもの
そのようなものを離れることは、思弁の領域を離れた寂静なる境地であり
苦しみを性質とするものの滅尽であり、形成作用の寂滅であり
縁起したものを離れ
ブッダは
そこに来ることも説かず、行くことも、留まることも
死ぬことも、生まれることも説かない
http://repository.meijigakuin.ac.jp/dspace/bitstream/10723/816/1/culture5_79-93.pdf
(掴もうとしている想いを手放して、滅に触れて想滅定が生起して(心作用が滅して)そして)
「現れてくることもなく滅していくこともなく」によって仏陀が形容されている

886 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 17:32:01.53 ID:vFoDuihN.net
私のブログを参考にしてください
http://blog.goo.ne.jp/konsaruseijin/c/a97ccbf3715a3362bad8d8ae3c22cd91

887 : ◆Ozyaruuowd4U :2015/11/15(日) 17:55:25.89 ID:Gvs49Wct.net
 
> 私のブログを参考にしてください

> そもそも、解脱した人は、「根本的な生存欲」をとことん滅却してしまったのだ
> そんな人が、「私は、死んだ後にどうなるのでしょうか」というようなことを、気にするはずもない

例えば
おじゃるも
紐くんも
隠居先生も

止(サマタ禅定)観(ヴィパッサナー智慧)を実践したことがないので、それ故に
人には、その人それぞれの「自我があるはずだ!」と掴もうとしている想いに依存して
「根本的な生存欲を滅却することは出来ないはずだ!」と掴もうとしている想いに依存して

仮の現れとして「ぼくは、こう思う!」という見解が現れ(滅し)て逝く

たぶん ↑ こんな感じ? おじゃる?

888 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 18:09:07.15 ID:PIEbLadn.net
有だ、無だといくら騒いでみても、人間は、専ら五感の知覚により有無を
判断し、有に100%依存しない限り一瞬も生られないのだから、
無駄な話。釈迦の目の前に見える大地が無なら、彼は一瞬にして奈落の底
である。

生まれたばかりの赤ん坊は、「誰からも教えられないのに」、母親のオ
ッパイを見つけて吸い付き、生きようとする。「このオッパイは有るの
か無いのか」などと迷ったりはしない。

「有」とは「作用を表す対象」であることは、古代インド人でも知っていた。

不思議に思うかも知れないが、中村博士は、その著「龍樹」で、有部を、
優れた哲学であるとして、高く評価している。特に、諸行無常の解釈と
して、刹那の生命による知覚の積み重なりに思い至ったのは見識である。

中村博士は、釈迦の「諸行無常」の論理矛盾を真っ向から批判している。

889 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 19:25:32.53 ID:ESWJYIVp.net
>>888
>釈迦の「諸行無常」の論理矛盾

???kwsk

890 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 19:28:31.11 ID:bmJFJ1C/.net
仏教徒

      語りに語って

              シャカの恥

喰い飽きて
       
      この世が嫌と

              修行かな

              
   
              

891 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 20:00:11.24 ID:9mAMisVc.net
だから何度も言うが人間にとり「有」がメインの命題で「無」はサブに過ぎないw

メインとサブの取り違えの大間違いをしているのが仏教キチガイによる無の主張だ。

892 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 20:01:10.11 ID:PIEbLadn.net
>>889

無常とは、常の状態の存在を前提とする。常に無常なら、無常が常である。

893 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 20:01:50.34 ID:7700GBn3.net
>>888
>人間は、専ら五感の知覚により有無を
>判断し、有に100%依存しない限り一瞬も生られないのだから、

ダウトですねえ。
誰もが高速道路を100キロで運転してるわけではないですねえ。
寝てるときは判断なんてしていますか?

894 :神も仏も名無しさん:2015/11/15(日) 20:11:09.28 ID:PIEbLadn.net
>>893
寝ているときは、他者が判断する。

対向車が見えてるのに無として避けなければ、釈迦は一発で即死である。

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