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【谷崎・市川】〜細雪〜について【佐久間・吉永】

647 :この子の名無しのお祝いに:2017/07/24(月) 09:14:27.44 ID:rvU42kU+.net
春日太一氏の男前な暴走(笑)トークショー
市川崑のファンなら、いや、日本映画ファンなら、森遊机氏の名著『市川崑の映画たち』は当然読んでいるだろう(長らく絶版だったが、最近増補改訂『完本』が洋泉社から出た)。
市川崑研究にはこの本を超えるものはないだろうと思っていたが、春日氏の『市川崑と『犬神家の一族』』は、新書という、悪く言えば読み捨てられがちな薄い本でありながら、
中盤から『犬神家の一族』一作に話を絞ることによって、部分的には森氏の著書よりもはるかに深い洞察を示している。
「週刊文春」のコラムや、『なぜ時代劇は滅びるのか』などで、名指しで俳優の批判を行う硬骨漢な筆致は、今回も峻峭さ、辛辣さを増していて、
吉永小百合を「監督クラッシャー」と呼び、市川崑が彼女の餌食に遭って、『おはん』『映画女優』『つる―鶴―』と、次から次へと駄作を連発していく様を容赦なく描出していく。
サユリストが読めば激怒しそうな勢いだが、マトモな映画ファンなら、事実、吉永小百合が稀に見るDAIKON(ww)役者であることは先刻ご承知のはずである。
関川夏央『昭和が明るかった頃』でも、マトモに映画女優として評価できるのは『キューポラのある町』くらいのものだと断じていた。私も同意見である。
春日氏は、そんな吉永小百合が『細雪』でのみ輝いていられたのはなぜかを、市川崑の「演出」という観点から、克明に解き明かしていく。
演技ができない、雰囲気だけの女優を、まさしく「雰囲気だけ」を切り取ることによって、「魔性の女」に見せかけていく演出である。
もちろんその逆転の発想というべき演出方法に気付いていた映画評論家も決して少なくはなかったと思われるが、誰一人としてそのことに言及した者はいなかった。
もちろんそれは「後顧の憂い」を考慮したためであろう。

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