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末法燈明記の作者は最澄か?

1 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 07:28:21.82 ID:xTt7t/Psg
「末法には、ただ名字(みょうじ)の比丘のみあり。
この名字を世の真宝となして、さらに福田なし。
末法の中に持戒の者有るも、すでにこれ怪異なり。市に虎有るが如し。これ誰か信ずべきや」
『末法燈明記』

23 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 11:30:13.34 ID:xTt7t/Psg
欲等調世間 (よくとうちょうせかん)
<欲等を以って世間を調し>  欲と言うのは貪瞋痴(とんじんち)の三毒煩悩で、等と言うのは大日如来の持つ大貪、大瞋、大痴のことです。
大いなる意欲、全ての不正や苦しみを怒る、全てのものを愛してやまない、この大きな貪瞋痴で世間を調えて行くのが密教です。
一般仏教の様に、悟りに依って世間を調えて行くのとは違います。

令得浄除故 (れいとくせいちよこ)
<浄除する事を得しむるが故に>  そしてその大貪、大瞋、大痴を以って、そして世間を浄めて行く。

有頂及悪趣 (ゆうていきゅうあくしゅ)
<有頂(うちょう)及び悪趣>  有頂とは此の世の最上位である有頂天、悪趣とは地獄の底です。

調伏尽諸有 (ちょうふくしんしょゆう)
<調伏して諸有を尽くす>  地獄の底から天上界に至るまで、大貪大瞋大痴をもって調伏する、即ち諸々の有情の煩悩や悪行を無くする。

24 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 11:32:38.88 ID:xTt7t/Psg
如連体本染 (じょれんていほんぜん)
<蓮体は本染にして>  蓮体と言うのは蓮の花の事です。この花は始めから赤い色に染められております。

不為垢所染 (ふいこそぜん)
<垢の為に染せられざるが如く> 真っ白な蓮華であるならば、世間の垢にも他の色にも染まりましょうが、大慈悲の真っ赤な蓮華は、決して他の色にも煩悩にも、染まる事は無い。

諸欲性亦然 (しょよくせいえきぜん)
<諸欲の性も亦然りなり>  諸々の欲の本質も亦同じである。
諸欲とは、貪り、怒り、愚痴の三毒煩悩の事です。
欲の本質は大日如来の持つ大欲なのですが、私たちはそれを自分と言う小さな我欲の中に閉じ込めて、自分が自分がと言う、小欲にしてしまっているのです。
不染利群生 (ふぜんりきんせい)
<不染にして群生を利す> 瑞「の人々の為に涛ュく人も三毒煩粕Yに染まる事は末ウいのである。
不染と言うのは小さな貪り、小さな怒り、小さな愚痴に染まらないと言う事です。
大貪、大瞋、大痴を持つ事によって、多くの人達を救っていく事が出来るのです。
群生とは多くの人、と言う意味です。

大欲得清浄 (たいよくとくせいせい)
<大欲は清浄なる事を得て> 大欲は清浄であると言う悟りは、顕教の悟りとは大きく異なります。
顕教は修行によって欲を無くす、密教は大きな欲で人々を救済して、何処までも生きて行くのが悟りだと言います。

25 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 11:34:13.77 ID:xTt7t/Psg
大安楽富饒 (たいあんらくふじょう)
<大安楽にして富饒なり> 大安楽なる境地が富んで豊かと成る。
大欲によって大安楽の境地を得る事が出来るのです。

欲を否定的に捉えても、この世を作っているのは欲です。科学の進歩も、悟ろうとするのも全て欲です。
小さな欲は迷い、大きな欲は悟りです。

三界得自在 (さんかいとくしさい)
<三界に自在を得て> 三界の中に自在なる力を得る。
三界とは、欲界、色界、無色界と言う生死流転の世界です。
この中で自由自在な力を持つと言う事です。

能作堅固利 (のうさけんこり)
<能く堅固の利を作す> 生きとし生ける一切の有情に対する、揺るぎ無い利他を行じて永遠に生きて行くのです。

26 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 11:40:09.19 ID:xTt7t/Psg
『四念住(しねんじゅう)』という修行法では、『身体は不浄である・感受は
苦である・心は無常である・すべての事物は無我である』という仏教の法印と
も相関する4つの命題を観想するものである。身体・感受・心・すべての事
物は『不浄・苦』であり、そこに煩悩を働かせて執着する意味や価値などないということを自分に教え込んでいくのである。
煩悩を引き起こさない無漏(むろ)の智恵を得るための修行法として
『四善根(しぜんこん)』というものがあるが、四善根では『四諦(したい)
』の苦・集・滅・道を分析的に繰り返し観察・思索することによって、煩悩を
断ち切るための無漏の智恵に近づいていくことができる
http://esdiscovery.jp/vision/es003/buddha2/buddhistic002.html

見道とはすなわち『真理を知ること=煩悩を断つこと』によって成り立つ即効性のある実践法なのである。
見所断の煩悩は、正しい智恵を知ることによってすぐに断たれるということから、ハンマーで石(煩悩)を叩き割ることに喩えられることも多い。
煩悩を断ち切る作用を持つ無漏の智恵には、『忍(にん)』と『智(ち)』の二種類があるとされる。
見道における無漏の智恵の生起の順序は複雑だがそれを示すと、
『苦法智忍(くほっちにん)→苦法智(くほっち)→苦類智忍(くるいちにん)→苦類智→集法智忍(じゅほっちにん)→集法智→集類智忍(じゅうるいちにん)→集類智→道類智忍(どうるいちにん)→道類智』の順に
十六個(十六瞬間)の智恵が生起して見所断の八十八の煩悩を断ち切ることができるのである。

菩提心の受持
https://www.tibethouse.jp/visit_to_japan/2016/pdfs/chapter3.pdf

27 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 11:42:51.18 ID:xTt7t/Psg
一念の浄信をいただいたなら浄土へきっと参れる。如来の力で如来の浄土に参るのは自然である。
水の底に流るる如きものである。故に行き易い、参り易いのであるが、信心を頂く人まれなるが故に「行き易くして人無し」。

大信心は一超(いっちょう)にして凡夫が往生成仏する捷徑(ちかみち)である。
願力によりて往生するからである。

 仏陀迦耶(ぶっだがや)の菩提樹下で悟りを開かれた釈尊は、45年間にわたり教化伝道をされた後、クシナガラの沙羅双樹(さらそうじゅ)の下で静かに入滅された。
その化導(けどう)を受けた仏弟子たちは、仏陀に対し限りない崇敬の念を抱いた。

 仏陀の肉身は滅しても仏陀の説かれた法(真理)は永遠不滅である。

仏の大慈大悲は人類を救うだけではない。広く一切の生きとし生けるものすべてを済度するという崇高な目的実現のために、仏はさまざまな姿形に変化して異類を済度されるのである。
こうした異類身の仏陀を、化身と称している。

28 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 11:45:46.72 ID:xTt7t/Psg
『涅槃経』の一部には

 大慈大悲を名づけて仏性となす。・・・・是の故に説いて一切衆生悉有仏性と言えるなり。
 大慈大悲は名づけて仏性となす。仏性は名づけて如来となす。

 大喜大捨を名づけて仏性となす。・・・・是の故に説いて一切衆生悉有仏性と言えるなり。
 大喜大捨は即ち是れ仏性なり。仏性は即ち是れ如来なり。

 仏性は大信心と名づく。・・・・是の故に説いて一切衆生悉有仏性と言へるなり。
 大信心は即ち是れ仏性なり。仏性は即ち是れ如来なり。

 仏性は一子地と名づく。・・・・是の故に説いて一切衆生悉有仏性と言へるなり。
 一子地は即ち是れ仏性なり。 仏性は即ち是れ如来なり。

 とある。

成仏とは、我々の中に蔵する仏性如来蔵を開発して、本来自性清浄の仏であることを自覚することである。
ただそれが凡夫にあっては無明煩悩の覆われて迷妄の生活を続けているが、仏教の究極の目的が仏になることであるから、たとえ成仏の時期に遅速はあっても、一切衆生は悉有仏性なのである。

29 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 12:04:27.64 ID:xTt7t/Psg
至心廻向
懺悔随喜勧請福 さんがいずいきげんせいふく
願我不失菩提心 げんがふしほていしん
諸仏菩薩妙衆中 しょふほさびょうしゅうちゅう
常為善友不厭捨 しょういせんにゅうふえんしゃ
離於八難生無難 りよはつなんせいぶなん
宿命住智荘厳身 しゅくべいちゅうちそうげんしん
遠離愚迷具悲智 えんりくべいぐひち
悉能満足波羅蜜 しつのうまんぞくはらび
富楽豊饒生勝族 ふらくほうじょうせいししょ
眷属広多恒熾盛 けんしょこうたこうしせい
四無擬弁十自在 しぶかいへんしゅうしさい  (かいは、石へんです。)
六通諸禅悉円満 りくとうしょせんしってんまん
如金剛幢及普賢 じょぎんこうとうきゅうほけん
願讃回向亦如是 げんさんかいきょうえきじょし
帰命頂礼大悲   きべいていれいたいひ
毘慮遮那仏    ひろしゃだふ
(金剛界礼讃文 五悔・第五段)

30 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 12:25:25.31 ID:xTt7t/Psg
(廻向総説)
懺悔随喜勧請福  懺悔し随喜し勧請したてまつる福をもって
願我不失菩提心  願わくはわれ菩提を失わず

まず、この偈文は金剛界礼讃という金剛界曼荼羅を拝む礼讃文の中の五悔(ごかい)の最後の文にあたる。
だから冒頭の懺悔と随喜と勧請というのはその前の三つの偈文を意味している。
懺悔(さんげ)とは、罪を悔いて告白することではあるが単に今生のことだけではなく、無始よりずっと
私たちは三界六道という迷いの世界で何回も輪廻して来たる間に様々な身と口と心に作ってきた無量無数の罪過がある
のだということにまで思いを馳せ、そのすべてを、仏菩薩がさとりを求めてなされたように、自分も今こうして懺悔いたしますということを意味している。

次に随喜(ずいき)とは、心からありがたく思うことではあるが、何にありがたく思うかということが大切なことで、
仏道に精進する者にとって、すべての衆生、さとりに向かって精進努力する人々、それに
すべての仏菩薩が行った良き功徳、他者に対してなされた善行、救済の善根功徳を心から喜び、自らもそうあらんと願うこと。

そして勧請(かんじょう)とは、神仏の来臨を願うことをいうが、ここでは十方のあらゆる世間の迷暗を照らす灯りであり、
一切衆生の生と死と中有にわたる迷界をも照破する諸仏をお招きいたします、どうか、一切衆生のために無上の妙法をお説き下さいと願うこと。
これら懺悔・随喜・勧請という三つの功徳の福、つまり福業による功徳を、さとりと衆生と一切に廻向す。願わくばこの功徳力によって、
われ菩提心、つまりさとりを求める心を失うことのないことをと申し述べるのがはじめの二句、廻向総説である。

31 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 12:26:23.38 ID:xTt7t/Psg
(常随仏学)
諸仏菩薩妙衆中  諸仏と菩薩との妙衆中にあって
常為善友不厭捨  常に善友のために厭捨せられず
離於八難生無難  八難を離れて無難に生じ
宿命住智荘厳身  宿命住智あって身を荘厳し

先に述べた菩提心には、自らさとりを求める上求菩提(じょうぐぼだい)と他の衆生を教え導く下化衆生(げけしゅじょう)の二つの意味合いがあると言われる。
上求菩提がここ常随仏学での四句の内容となっている。この上下の分け方については古来このように説かれるのであって、
かつて高野山にいた頃ある先生から、これは内外と分けられたものと考えたらよろしいと教えられた。自らの内にさとりを求め、外にはその教えを説き導くべしと解釈すべきであろう。

諸仏と菩薩との妙なる聖衆の中にあって、さとりへの導き手となる善なる修行者たちによって修行に邁進して厭い捨てられることなく、
心からさとりを求める。そのさとりを求めるために、仏を見ず説法を聞くことのできない境遇、例えば地獄や餓鬼、蓄生、視力や聴力がないなど
八難の世界に生まれることなく、無難に生まれ、自他の過去世を知る智慧を身につけて行いを正し徳を積み、ますます堅くさとりを求め精進することを誓願するということである。

32 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 12:27:43.67 ID:xTt7t/Psg
(恒順衆生)
遠離愚迷具悲智  愚迷を遠離して悲智を具し
悉能満足波羅蜜  悉くよく波羅蜜を満足し
富楽豊饒生勝族  富樂豊饒にして勝族に生じ
眷属広多恒熾盛  眷属広多にして恒に熾盛ならん

菩提心のもう一つの願いである下化衆生、つまり他者を教え導くという内容に触れた部分がこの恒順衆生である。常に衆生にしたがって、教化しようとすることであるが、そのためには
自己の修養を積み愚迷を廃して大悲の智慧を具足していなくてはならない。そして、布施(恵み施し分かち合う)・持戒(規律ある生活)
・忍辱(苦難に耐え忍ぶ)・精進(善きことに努力する)・禅定(心の落ち着き)・智慧(世間の知識を越えた智慧)
・方便(人々を救い導く手立て)
・願(人々を救う誓願)・力(修行を実践継続する力)・智(あるがままに知る智)の十波羅蜜行を悉くよく修し、その徳ゆたかに富み栄えて善きところに生まれ、
多くの衆生を共に従えて、精進努力怠ることのないようにということであろう。

(普皆廻向)
四無礙弁十自在  四無礙弁と十自在と
六通諸禅悉円満  六通と諸禅とを悉く円満せん
如金剛幢及普賢  金剛幢と及び普賢との如く
願讃回向亦如是  願讃し廻向することもまた是の如し

ここまで述べてきた一切の功徳によって、法(仏法と論理に精通)・義(義、意味内容に精通)・辞(語句、言語に精通)・弁説(頭の回転早く弁舌に精通)の四つ
の無碍自在なる智、そして寿命・心・荘厳・業・受生・解脱・願・神力・法・智の十自在によって心の欲するままに何事も自由になし得る力を得て、
また神足(自在に欲するところに現れ得る能力)・天眼(通常見えない物を見る能力)・天耳(通常聞き得ない音を聞く能力)・他心(他人の心を知る)
・宿命(過去世の記憶をも思い出す)・漏尽(一切の煩悩を断つ智)の六つの神通力と、世間禅・出世間禅・秘密禅などの諸禅を悉く円満し、
この円満せるすべての功徳をあまねく一切衆生に廻向せん。これはあたかも、金剛幢菩薩が十廻向の法門を説くがごとく、普賢菩薩が普皆廻向の行願を
説くがごとくに、われもまた今ここにあまねく一切に廻向しますと申し述べるのである。

33 :神も仏も名無しさん:2017/11/15(水) 12:29:11.92 ID:xTt7t/Psg
(礼仏帰敬)
帰命頂礼大悲  大悲毘盧遮那仏を帰命し、頂礼したてまつる
毘慮遮那仏

最後に、正しく廻向の文を誦持するにあたり、帰依する諸仏の総体である大日如来に帰命頂礼して、願わくばそのご加護をたれたまえと祈り願うのである。

…ごく簡単にこの豊富な内容を一口に述べるならば以下のようになるであろうか。

「自らを省みて、仏の存在に喜びを感じ、そこに至りたいという心を起こしたならば、常に仏に従って一心にさとりを得んがために学び行じ、
そして一切の生きとし生けるものたちと共にそのよくあらんがために精進努力し、それらすべての修行と善行によって様々な段階、過程を経て得た、
あらん限りの功徳を一切衆生に廻向します。そしてここに改めて、すべての仏を生み出す大日如来に帰依礼拝いたします。」


http://blog.goo.ne.jp/zen9you/e/230429457bc48fd615b3515ce075e431

34 :神も仏も名無しさん:2017/11/16(木) 01:59:55.27 ID:G0Fm+OyW0
ブッダの真理の言葉 第1章〜第26章 通読
https://www.youtube.com/watch?v=cQ0Wp_yT3hQ

ブッダの言葉・スッタニパータ 第一 蛇の章 1〜12 通読 1時間15分
https://www.youtube.com/watch?v=F1d7GMocWOw

ブッダの言葉・スッタニパータ 第二 小なる章 1〜14 通読 1時間3分
https://www.youtube.com/watch?v=WkuwXGyE9Ck

ブッダの言葉・スッタニパータ 第三 大なる章
https://www.youtube.com/watch?v=WVclUAUJi2E

ブッダの言葉・スッタニパータ 第四 八つの詩句の章 1〜16 通読
https://www.youtube.com/watch?v=R884Fvj_Cgs

ブッダの言葉・スッタニパータ 第五 彼岸に至る道の章 1〜18 通読
https://www.youtube.com/watch?v=VyUuiYoS6Fc

ブッダ最後の旅 第1章
https://www.youtube.com/watch?v=1LfWQ3Dybgk

2〜3章
https://www.youtube.com/watch?v=-q3kOQLKulE

ブッダ最後の旅 第四〜五章
https://www.youtube.com/watch?v=2xO-N1RzCRY

第六章
https://www.youtube.com/watch?v=WvMcxi_SnpE

35 :神も仏も名無しさん:2017/11/16(木) 02:01:53.01 ID:G0Fm+OyW0
1日目 午前 ー『入菩薩行論』
https://www.youtube.com/watch?v=k5i9l5qyNd0

1日目 午後 ー『入菩薩行論』
https://www.youtube.com/watch?v=qf-ZFKQl100

2日目 午前 ー『入菩薩行論』
https://www.youtube.com/watch?v=wRDKSpNFUiQ

2日目 午後 ー『入菩薩行論』
https://www.youtube.com/watch?v=Zbfyw7vJ0G8

3日目 午前 ー『入菩薩行論』
https://www.youtube.com/watch?v=0DU3T9oNPhA

3日目 午後 ー『入菩薩行論』
https://www.youtube.com/watch?v=m1Ix5uDIRyQ

4日目 午前 ー『入菩薩行論』
https://www.youtube.com/watch?v=nIC1GUfk6kw

4日目 午後 ー『入菩薩行論』
https://www.youtube.com/watch?v=4q14BDqcddQ

36 :神も仏も名無しさん:2017/11/16(木) 02:13:48.95 ID:G0Fm+OyW0
ティク・ナット・ハン〜『涅槃(ニルヴァーナ)、自由への道』
https://www.youtube.com/watch?v=8iVtXoVccDk

中曲理趣経 初段_十七段
https://www.youtube.com/watch?v=TA2NMiJ_FUg

西室院 「理趣経」 中曲
https://www.youtube.com/watch?v=XTHNBVDRF5g

般若理趣経 百字偈
https://www.youtube.com/watch?v=mP91B2iBo20

真言聲明高野山悠久の風景
https://www.youtube.com/watch?v=wEjvZBxKQ0c

https://www.youtube.com/watch?v=B_9_UGA70MI

常楽会
https://www.youtube.com/watch?v=glNetV_Ud_Y

37 :神も仏も名無しさん:2017/11/16(木) 02:41:14.87 ID:G0Fm+OyW0
『華厳経』
https://www.youtube.com/watch?v=RlnxJFRbyw8

延命十句観音経
https://www.youtube.com/watch?v=wTUR70MQCEo

大悲心陀羅尼 Daihishindarani
https://www.youtube.com/watch?v=gbxgY8BquHY

消災呪
https://www.youtube.com/watch?v=QrLobQtYjqk

観音経、般若心経など
https://www.youtube.com/watch?v=65nkkXyRle4

真言宗 仏前勤行次第
https://www.youtube.com/watch?v=-k4oRLFXGSM

眞光院 福岡 糸島 お寺 法要 例祭 大随求菩薩 真言宗
https://www.youtube.com/watch?v=RxPEEWNSSew

水子供養の様子「般若心経・地蔵菩薩真言・光明真言・大師宝号・回向」常光円満寺
https://www.youtube.com/watch?v=kNv6k4Z2rJk

常光円満寺 年忌法要の様子 理趣経
https://www.youtube.com/watch?v=7A5Q4GDyWoI

チベットの般若心経を聴く(チベット語)
https://www.youtube.com/watch?v=BHiNY06lU3g

2011/04/29 東日本大震災特別慰霊法要 / Prayers for Victims of Tohoku Earthquake
https://www.youtube.com/watch?v=KdiOktArQ_k

38 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:31:37.09 ID:RHodYhizL
波羅蜜(はらみつ)、あるいは、玄奘以降の新訳では波羅蜜多(はらみた、はらみった) (パーリ語:パーラミー、サンスクリット語: パーラミター)とは、
パーリ語やサンスクリット語で「完全であること」、「最高であること」、を意味する語で、
仏教における各修行で完遂・獲得・達成されるべきものを指す。到彼岸(とうひがん)、度(ど)等とも訳す。
『般若経』では般若波羅蜜(般若波羅蜜多)ほか全6種(六波羅蜜)を、あるいは『華厳経』などではこれに4種を加え10種(十波羅蜜)を数える。
『摩訶般若波羅蜜経』は九十一波羅蜜を列挙[1]するが、全体としての徳目は六波羅蜜である。

六波羅蜜(ろくはらみつ、ろっぱらみつ、梵:?atp?ramit?)とは、ブッダになりうる資質を獲得するために実践する六つの項目のこと。「六度(ろくど)彼岸」とも呼ばれる。
布施波羅蜜 - 檀那(だんな、D?na ダーナ)は、分け与えること。d?naという単語は英語のdonation、givingに相当する。具体的には、財施(喜捨を行なう)・無畏施・法施(仏法について教える)などの布施である。檀と略す場合もある。
持戒波羅蜜 - 尸羅(しら、??la シーラ)は、戒律を守ること。在家の場合は五戒(もしくは八戒)を、出家の場合は律に規定された禁戒を守ることを指す。
忍辱波羅蜜 - ?提(せんだい、K??nti クシャーンティ)は、耐え忍ぶこと。
精進波羅蜜 - 毘梨耶(びりや、V?rya ヴィーリヤ)は、努力すること。
禅定波羅蜜 - 禅那(ぜんな、Dhy?na ディヤーナ)は、特定の対象に心を集中して、散乱する心を安定させること。
智慧波羅蜜 - 般若(はんにゃ、Prajñ? プラジュニャー)は、諸法に通達する智と断惑証理する慧。前五波羅蜜は、この般若波羅蜜を成就するための手段であるとともに、般若波羅蜜による調御によって成就される。

39 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:33:11.16 ID:RHodYhizL
十波羅蜜(じっぱらみつ)は、六波羅蜜に、方便・願・力・智の四波羅蜜(六波羅蜜の般若波羅蜜より派生した4つの波羅蜜)を加えたもの。
唯識論ではこの十波羅蜜を立てて十勝行と称す。華厳教学などでは、菩薩の五十二位の中
の十行のことともいわれる。また菩薩は十地において正しくこの十波羅蜜を順次に習得するという。[要出典]
方便波羅蜜 - 烏波野(Up?ya ウパーヤ、うはや、日本語訳:方便)は、巧みな手段で衆生を教導し、益すること。
六波羅蜜の行によって集めたる善根を有情に廻向せしめて彼と共に無上菩提を求むる廻向方便善巧、一切有情を済度する抜済方便善巧の2種類を修行する。
願波羅蜜 - 波羅尼陀那(Pra?id?na プラニダーナ、はらにだな、日本語訳:願)は、(彼岸すなわち仏の理想世界に到達せんと立願すること。
今日ではこれらすべての修行を完成せんと願う希望をいう。求菩提願・利他楽願の2つを修行する。
力波羅蜜 - 波羅(Bala バラ、はら、日本語訳:力)は、二義あり、一義に一切の異論及び諸魔衆の壊すことなきをいい、また一義に十力の行のうち、思擇力・修習力の2つを修行する。
智波羅蜜 - 智(Jñ?na ジュニャーナ、日本語訳:智)は、万法の実相を如実に了知する智慧は生死の此岸を渡りて、涅槃の彼岸に到る船筏の如く、受用法楽智・成熟有情智の2つを修行する。

40 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:37:45.72 ID:RHodYhizL
妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五(みょうほうれんげきょうかんぜおんぼさふもんぼんだいにじゅうご)(観音経 全文)
http://shingon-kyo.sblo.jp/category/4408129-1.html

『遺教経』
http://www.horakuji.hello-net.info/lecture/yuigyoukyou/1.htm

釈迦牟尼仏[しゃかむにぶつ]は、ブッダとして初めてなされた説法の際にアーンニャータ・コーンダーンニャを悟
りへと導き、その人生の最後にスバッダラを得度された。(釈尊はその生涯において、)教えを説く
べき者、仏道に導き引き入れるべき者は皆全て度し尽くして、サーラ樹の間において、今まさに涅槃に入ろうとされていた。
この時、時間は中夜であり、あたりはひっそりとして音もなかった。そこで(釈尊は入滅される前の最後に)、弟子達のために要略して教えの要をお説きになったのである。
「比丘達よ、私が入滅した後には波羅提木叉[はらだいもくしゃ]を尊いものとして大切にし、
最大の敬意を払わなければならない。

41 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:50:28.28 ID:RHodYhizL
大般涅槃経)

第二十四章
アーナンダは、悲しみながら、比丘を集めた。
比丘が集まると、仏陀は、彼らに、こう説いた。

「比丘達よ、七科三十七道品を修めなさい。
すなわち、その三十七とは、四念処、四正断、
五根五力、七覚支、八正道、四如意足、である。」

「比丘達よ、この三十七道品を修めるならば、
多くの神々と人々に、多くの利益があるだろう。」

三十七道品(さんじゅうしちどうぽん)とは,大般涅槃経、中阿含経などに
説かれた、仏教で、悟りに至るための三十七の修行法のこと。道品とは修
行項目のことで菩提分法(ぼだいぶんぽう、巴: bodhipakkhiy? dhamm?,
ボーディパッキヤー・ダンマー)とも言う。
四念住・四正断・四神足・五根・五力・七覚支・八正道の七科に分かれる。

パーリ語経典長部の『大般涅槃経』では、
死期が迫っていることをアーナンダに告げた釈迦が、ヴェーサーリー周辺
の修行僧たちを講堂に集めさせ、「清浄な行いが長く続くため、多く
の人々の利益・幸福のため、多くの人々を憐れむため、人々と神々の幸福・利益のため」に、自分が知って説示してきた、そして、今後もよく保ち、実践・実修すべき「法」として、この七科三十七道品を(いわば遺言として)挙げた
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81%E4%B8%83%E9%81%93%E5%93%81

42 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:52:02.50 ID:RHodYhizL
四念処(しねんじょ、巴: catt?ro satipa??h?n?, チャッターロー・サティ
パッターナー)とは、仏教における悟りのための4種の観想法の総称。四念
処観(しねんじょかん)、四念住(しねんじゅう)[注釈 1]とも言う。三
十七道品の中の1つ。

・四念処
釈迦の初期仏教の時代から、悟りに至るための最も中心的かつ最重要な観想法
であり、仏教の主な瞑想である止観の内、観(ヴィパッサナー)の中核を成す観想法である
四念処の内容は以下の通り[1]。
身念処(身念住) - 身体の不浄を観ずる(不浄観)
受念処(受念住) - 一切の受は苦であると観ずる(一切皆苦)
心念処(心念住) - 心の無常を観ずる(諸行無常)
法念処(法念住) - 法の無我(いかなる事象も自分に非ず)を観ずる(諸法無我)

43 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:53:42.56 ID:RHodYhizL
四正勤(ししょうごん、巴: catt?ro sammappadh?n?, チャッターロ・サ
ンマッパダーナー)とは、仏教における修行内容の1つ。「三十七道品」の中
の第2の行法で、4種の正しい努力のこと[1][2]。「四精勤」(ししょうごん)
[3]、「四正断」(ししょうだん)[4][1]、「四意断」(しいだん)[1]とも訳される。

四正勤の内容は以下の通り[1][2][3]。
断断 - 既に生じた悪を除くように勤める
律儀断 - まだ生じない悪を起こさないように勤める
随護断 - まだ生じない善を起こすように勤める
修断 - 既に生じた善を大きくするように勤める

四神足(四如意足)
(しじんそく、巴: catt?ro iddhip?d?, チャッターロ・イッディパーダー)
とは、仏教における修行内容の1つ。瞑想において自在力・神通力を得るため
の4種の基礎。「四如意足」(しにょいそく)[1]とも。「三十七道品」の中の1つ。

欲神足 - 優れた瞑想を得ようと願うこと
勤神足 - 優れた瞑想を得ようと努力すること
心神足 - 優れた瞑想を得るために心を修めること
観神足 - 優れた瞑想を得るために智慧を以て思惟観察すること

44 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:54:30.61 ID:RHodYhizL
五根 (三十七道品)
悟り・解脱を得るための5種の能力・機根。
五根は、信根、精進根、念根、定根、慧根である[3]。
修行の根本となる5つであり、根の字は能力を指す[1]。念以外は、
その力が強すぎても、修行の妨げとなるため、それぞれの力が均衡にはた
らくことを瞑想修行を通して目指していく[1]。念は強ければ強いほどい
い[1]。 信仰と智慧、努力と禅定などは対であり、その力の発達には
均衡が必要である[2]。これらが、一個人の中で主導的な力となった場合、五力(ごりき)と呼ばれる

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E6%A0%B9_(%

五力
(ごりき、巴: pañca bal?ni, パンチャ・バラーニ)とは、
仏教における修行内容の1つ。修行者を悟り・解脱に至らしめる5種の力。「
三十七道品」の中の1つ。
信力(巴: saddh?、梵: ?araddh?)
精進力(巴: viriya、梵: virya)
念力(巴: sati、梵: sm?ti)
定力(巴: 梵: sam?dhi)
慧力(巴: pañña、梵: prajñ?)

45 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:55:31.17 ID:RHodYhizL
七覚支
(しちかくし、巴: satta bojjha?g?, サッタ・ボッジャンガー)とは、
仏教における修行内容の1つ。悟りの7つの支分をなす項目。
念覚支(sati-sambojjha?ga) - 気づき。心で今の瞬間の現象を自覚すること
択法ちゃくほう覚支(dhamma-vicaya--sambojjha?ga) - 法の中から真実のものを選ぶ
精進覚支(viriya-sambojjha?ga) - 努力
喜覚支(p?ti-sambojjha?ga) - 喜びに住する
軽安きょうあん覚支(passaddhi-sambojjha?ga) - 心身に軽やかさ・快適さを感じる
定覚支(sam?dhi-sambojjha?ga) - 心が集中して乱れない
捨覚支(upekkh?-sambojjha?ga) - 対象に囚われない

46 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:56:56.48 ID:RHodYhizL
八正道(はっしょうどう、巴: ariya-a??ha?gika-magga,
梵: ?rya-a????gika-m?rga)は、釈迦が最初の説法において説いたとさ
れる、涅槃に至る修行の基本となる、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念および正定の、8種の徳。

正見(しょうけん, 巴: samm??di??hi, 梵: samyag-d???i)とは、
仏道修行によって得られる仏の智慧であり、様々な正見があるが、根本
となるのは四諦の真理などを正しく知ることである。
業自性正見(ごうじしょう-)[6](巴: kammassakat? samm??di??hi)[7] - 業を自己とする正見。
十事正見
四諦正見
「正しく眼の無常を観察すべし。かくの如く観ずるをば是を正見と名く。
正しく観ずるが故に厭を生じ、厭を生ずるが故に喜を離れ、貪を離る。
喜と貪とを離るるが故に、我は心が正しく解脱すと説くなり」といわれ
るように、われわれが身心のいっさいについて無常の事実を知り、自分
の心身を厭う思を起こし、心身のうえに起こす喜や貪の心を価値のない
ものと斥けることが「正見」である。このように現実を厭うことは、人
間の普通の世俗的感覚を否定するものに見えるが、その世俗性の否定によ
って、結果として、真実の認識(如実知見)に至るための必要条件が達せられるのである。正見は「四諦の智」といわれる。
この正見は、以下の七種の正道によって実現される。 八正道は全て正見に納まる。

正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%AD%A3%E9%81%93

47 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 01:58:24.63 ID:RHodYhizL
正思惟(しょうしゆい, 巴: samm?-sa?kappa, 梵: samyak-sa?kalpa)とは、
正しく考え判断することであり、
出離(離欲)を思惟し
無瞋を思惟し、
無害を思惟することである。
このうち「出離(離欲)」とはパーリの原文では「nekkhamma」で、
世俗的なものから離れることを意味する。財産、名誉、など俗世間で重要
視されるものや、感覚器官による快楽を求める「五欲」など、人間の俗
世間において渇望するものの否定である。これら3つを思惟することが正思惟である。

正語(しょうご, 巴: samm?-v?c?, 梵: samyag-v?c)とは、
妄語(嘘)を離れ、綺語(無駄話)を離れ、
両舌(仲違いさせる言葉)を離れ、悪口(粗暴な言葉)を離れることである。

48 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 02:00:15.59 ID:RHodYhizL
正業(しょうごう, 巴: samm?-kammanta, 梵: samyak-karm?nta)とは、
殺生を離れ、盗みを離れ、性的行為(特に社会道徳に反する性的関係)を離れる
ことをいう。 この二つは正思惟されたものの実践である。

正命(しょうみょう, 巴: samm?-?j?va, 梵: samyag-?j?va)
殺生などに基づく、道徳に反する職業や仕事はせず、正当ななりわいを持って生活を営むことである。

正精進(しょうしょうじん, 巴: samm?-v?y?ma, 梵: samyag-vy?y?ma)とは、
四正勤(ししょうごん)、すなわち「すでに起こった不善を断ずる」「未
来に起こる不善を生こらないようにする」「過去に生じた善の増長」「
いまだ生じていない善を生じさせる」という四つの実践について努力することである。

正念(しょうねん, 巴: samm?-sati, 梵: samyak-sm?ti)
四念処(身、受、心、法)に注意を向けて、常に今現在の内外の状況に気づいた状態でいること

正定(しょうじょう, 巴: samm?-sam?dhi, 梵: samyak-sam?dhi)
正しい集中力(サマーディ)を完成することである。この「正定」と「正念」によってはじめて、「正見」が得られるのである。

49 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 12:13:26.32 ID:RHodYhizL
仏教のある時代に人間として生まれてきただけで、すごいことです。
十分に悟れる可能性があります。
経典では奴隷の少女、瀕死の老人、盗賊…さまざまな人がお釈迦さまの詩を一節聞いたくらいでワンサカ悟っています。
仏教の知識どころか字を読めない人もいましたし、修行もしていません。(一応、過去世からの長い修行の結果、お釈迦さまに巡り合い、無常・苦・無我の理を観察し悟ったとされています。)
…容姿や性格、体力知力がそれぞれ異なるように、私たちの悟りへの道順や近さは異なります。しかしやるべきことは一緒です。
悪を離れ、善を行う。自分を観察し清らかな心を育む。
その修行のために最低限の知識がいるとすれば、個人的には「業自性正見」を挙げます。
天野和公

四諦(苦・集・滅・道)、また、名(こころ)と色(もの)の性質は苦・無常・無我であると知っておくのも役立つと思います。
その上で、五戒を守り、止(精神集中の瞑想、禅定)と観(智慧の瞑想、観察)を実践することが、悟る(苦悩の原因である煩悩をなくす)ための王道ではないでしょうか。    願誉浄史

50 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 12:18:36.29 ID:RHodYhizL
業自性正見(ごうじしょう-)  業を自己とする正見。
生きとし生けるもの(巴: satt?)は、
業(だけ)を自己の所有とする(巴: kammassak?)
業(だけ)を相続する(巴: kammad?y?d?)
業(だけ)を(輪廻的生存の)起原、原因とする(巴: kammayon?)
業(だけ)を親族とする(巴: kammabandh?)
業(だけ)を依り所とする(巴: kammapa?isara??)

51 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 12:22:57.87 ID:RHodYhizL
十事正見
布施の果報はある(巴: atthi dinna?)
大規模な献供に果報はある(巴: atthi yi??ha?)
小規模な献供に果報はある(巴: atthi huta?)
善悪の行為に果報がある(巴: atthi sukatadukka??na? kamm?na? phala? vip?ko)
(善悪の業の対象としての)母は存在する(母を敬う行為に良い結果があるなど)(巴: atthi m?t?)
(善悪の業の対象としての)父は存在する(父を敬う行為に良い結果があるなど)(巴: atthi pit?)
化生によって生まれる衆生は存在する(巴: atthi satt? opap?tik?)
現世は存在する(巴: atthi aya? loko)
来世は存在する(巴: atthi paro loko)
この世において、正しい道を歩み、正しく行じ、自らの智慧によって今世と他世を悟り、(それを他者に)説く沙門、バラモンは存在する。

52 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 12:46:48.89 ID:RHodYhizL
>>1
平安時代の仏教書。1巻。延暦20年(801)最澄著と伝えるが真偽未詳。末法には無戒名の僧こそが世の灯として尊ばれねばならないと主張したもの。
本書は栄西,法然,道元,親鸞らの著書に引用され,鎌倉仏教の思想的基盤となった。

53 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 13:15:13.12 ID:RHodYhizL
三時または五箇の五百歳は『大集経』に説かれる。
「大覚世尊、月蔵菩薩に対して未来の時を定め給えり。所謂我が滅度の後の五百歳の中には解脱堅固、次の五百年には禅定堅固已上一千年、
次の五百年には読誦多聞堅固、次の五百年には多造塔寺堅固已上二千年、次の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」
第一の五百歳 解脱堅固…インドにおいて伽葉・阿難等が小乗教を弘めた。
第二の五百歳 禅定堅固…インドにおいて竜樹・天親等が大乗教を弘めた。
第三の五百歳 読誦多聞堅固…仏教が東に流れて中国に渡り経典の翻訳や読誦、講説等が盛んに行われた。天台大師(智)が法華経を弘めた。
第四の五百歳 多造塔寺堅固…仏教が東に流れて日本に渡り聖徳太子以来多くの寺塔が建てられた。伝教大師(最澄)が日本の仏教を統一し大乗戒壇を建てた。
第五の五百歳 闘諍堅固・白法隠没…戦乱が激しくなり、釈迦の仏法が滅尽する。
日本では『末法燈明記』[1]では1052年(永承7年)に末法に入ったとされた

^ なお、日蓮等の鎌倉仏教の多くの祖師は『末法燈明記』は最澄の著述だと定めているが、現在では『末法燈明記』は最澄に仮託して書かれた文献、つまり偽典と説明されることがある。

54 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 17:34:11.94 ID:RHodYhizL
涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)は、仏教用語で、煩悩の炎の吹き消された悟りの世界(涅槃)は、静やかな安らぎの境地(寂静)であるということを指す。
涅槃寂静は三法印・四法印の一つとして、仏教が他の教えと根本的に違うことを示す。
諸行無常・諸法無我の事実を自覚することが、この涅槃寂静のすがたである。
無常と無我とを自覚してそれによる生活を行うことこそ、煩悩をまったく寂滅することのできた安住の境地であるとする。
いっさいの差別(しゃべつ)と対立の底に、いっさいが本来平等である事実を自覚することのできる境地、それこそ悟りであるというのが、涅槃寂静印の示すもの
仏教本来の意味からすると、涅槃とはいっさいのとらわれ、しかも、いわれなきとらわれ(辺見)から解放された絶対自由の境地である。
これは、縁起の法に生かされて生きている私たちが、互いに相依相関の関係にあることの自覚であり、積極的な利他活動として転回されなくてはならない。この意味で、この涅槃寂静は仏教が他の教えと異なるものとして法印といわれる

55 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 18:04:29.49 ID:RHodYhizL
経典によれば、釈迦は縁起について、
私の悟った縁起の法は、甚深微妙にして一般の人々の知り難く悟り難いものである。
と述べた。またこの縁起の法は、
わが作るところにも非ず、また余人の作るところにも非ず。如来(釈迦)の世に出ずるも出てざるも法界常住なり。如来(釈迦)は、この法を自ら覚し、等正覚(とうしょうがく)を成じ、諸の衆生のために分別し演説し開発(かいほつ)顕示するのみなり
と述べ、縁起はこの世の自然の法則であり、
自らはそれを識知しただけであるという。
縁起を表現する有名な詩句として、『自説経』では、
此があれば彼があり、此がなければ彼がない。此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば彼が滅す。
— 小部経典『自説経』(1, 1-3菩提品)
と説かれる。

56 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 18:16:58.59 ID:RHodYhizL
初期仏教および部派仏教までの段階の縁起説は、迷いの世界(有為)のみを説明するものであり、悟りの世界(無為)は縁起の中に含まれなかった。
この段階までの縁起説においては、悟りは縁起を超越し縁起の滅した世界であるとされた.
縁起(えんぎ、梵: プラティーティヤ・サムトパーダ、巴:パティッチャ・サムッパーダ)とは、他との関係が縁となって生起するということ。
全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立しているものであって独立自存のものではなく、条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるということを指す。
仏教の根本的教理・基本的教説の1つであり、釈迦の悟りの内容を表明するものとされる.
因縁生、縁生、因縁法、此縁性ともいう。
種々の縁起説は、〈煩悩(惑)→行為(業)→苦悩(苦)〉を骨格とするが、無明を根本原因とする12の項目からなる縁起説(十二因縁)が次第に定着した

57 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 23:31:02.60 ID:RHodYhizL
彼は神通力で兜率天に向かい、そこで弥勒(マイトレーヤ)から大乗仏教の空思想を学んだのだという。
また、他の人々にも、弥勒が直接『瑜伽師地論』(『十七地経』)を説くように要請し、無著がその解説をすることにした。これが唯識思想流布の端緒とされる。
彼は弥勒から日光三昧を教えられていたので、大乗の教義を容易に理解し、記憶することができたという。
無著
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E8%91%97

『瑜伽師地論』は、世親の兄である無著(asanga, ?????)が、兜率天に住む弥勒菩薩(maitreya ???????)の説を聞いて著したといわれている。

瑜伽行唯識学派
ヨーガ(=瑜伽(ゆが))の実践の中に唯識の体験を得、教理にまとめた。 とりあえず心(識)だけは仮に存在すると考え、深層意識の阿頼耶識が自分の意識も外界にあると認識されるものも生み出していると考え(唯識無境)、最終的には阿羅耶識もまた空であるとする

58 :神も仏も名無しさん:2017/11/17(金) 23:40:19.01 ID:RHodYhizL
中台八葉院の「毘盧舎那仏」(Vairocana)を除く四仏・四菩薩の配置は、
『大日経』・入秘密マンダラ品にその根拠が見出され、また各尊に配当さ
れる真言は、『大日経』・秘密八印品で説かれる<「大威徳生」
「金剛不壊」「蓮華蔵」「万徳荘厳」「一切支分生」「世尊陀羅尼」
「如来法住」「迅疾持」>の真言にその出自が見出される。

http://electricwombworld.blog.fc2.com/blog-entry-288.html?sp

http://blog-imgs-90.fc2.com/e/l/e/electricwombworld/Ratnaketu.jpg

59 :神も仏も名無しさん:2017/11/18(土) 09:13:06.37 ID:0DNzmhkPp
法光定? 光之瑜伽
https://www.youtube.com/watch?v=P5_LGRx3gO4

60 :神も仏も名無しさん:2017/11/18(土) 09:39:31.11 ID:0DNzmhkPp
日光三昧というのは法光定とよばれ、ある特殊な禅定に入った状態でチャクラからエネルギーを一挙に放つものです。
(無著菩薩位登初地。證法光定。得大神通。事大慈尊。請説此論『瑜伽師地論釋』)
そのチャクラのエネルギーが第三者に光となって感ずるもので、初期経典にもブッダが同じような現象を顕した、あるいは空海様が清涼殿での八宗論議の際、大日如来に変身し
全身金色の大光明を放ち、帝(嵯峨天皇)を含めその場にいたもの皆平伏した等、仏典・論書にて伝えられていることであります。

たとえば、初期経典においてブッダが次のような神通を示したとあります。
「世尊隨其所應。而示現入禪定正受。陵虚至東方。作四威儀。行住坐臥。入火三昧。出種種火光。青黄赤白紅頗梨色水火倶現。
或身下出火。身上出水。身上出火。身下出水。周圓四方。亦復如是。爾時世尊。作種種神變已。於衆中坐。是名神足示現〜『雑阿含経』」
要するに、釈尊が火界定という三昧に入ってチャクラからエネルギーを発し、七光の色を放ち、上半身は火炎のように下半身は水のようになり、あるいは逆になったということです。
これはチャクラから放たれるエネルギーが凄まじく、全身が炎に包まれたように見えたということです。
水のように見えたというのは、しばしば身体が透明状になる場合があり、それが水として表現されたということです。

61 :神も仏も名無しさん:2017/11/18(土) 09:56:39.86 ID:0DNzmhkPp
釈尊は、バーラーナシーのイシパタナ・ミガダーヤ(鹿野苑)で5人の苦行者を教化されたあと、ガヤー(ブッダガヤ)へ、ひとりで戻られます。…
そこで釈尊は神通力によって3500の奇跡を現し、火の行者であったカッサパ3兄弟を帰依させられたと伝わっています。

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/shiunji/yowa/yowa18.html

62 :神も仏も名無しさん:2017/11/18(土) 10:19:13.58 ID:0DNzmhkPp
後の仏教では、慈無量心を起こして慈心三昧にあれば、このようなことが可能だと言います。慈無量心というのは、あらゆる生き物への慈しみの心を言います。
その心を常に持ち続け、全身が慈しみで満たされるようになった状態が、慈心三昧です。そうなると、動物や虫など全ての生き物から愛されるようになると言います。

仏弟子群像(1)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/shiunji/yowa/yowa14.html
仏弟子群像(2)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/shiunji/yowa/yowa15.html
仏弟子群像(6)釈尊の実子ラーフラ(上)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/shiunji/yowa/yowa19.html

63 :神も仏も名無しさん:2017/11/18(土) 10:46:16.48 ID:0DNzmhkPp
・智慧の行を完成し三明通を体得すると大法光を放つ(長阿含経・種徳経)
・四聖諦によって眼が生じ智が生じ慧が生じ明が生じ光明が生じた
・八勝処といわれるブッダが示した心理的段階の上位を、青・黄・赤・白と4色で表現しているが、
これはその人の心理的状態によって身心から放たれるエネルギーの色・波長を表している。
・ブッダが火界定に入って瞑想している時、麓から見ると山全体が燃え上がっているように見えた、他


日本では心の「悟り」ばかり強調されるので忘れ去られがちなのですが、心は身体と密接に関係があります。
身体の制御把握なくして心の制御把握はありません。
ですから、本来の(往時の)インド仏教において、クンダリニーヨーガは修行者にとって必修だったのです。

64 :神も仏も名無しさん:2017/11/18(土) 10:58:02.22 ID:0DNzmhkPp
しかし、ブッダはクンダリニーを上昇させず、そのエネルギーだけを前面のプラーナルートにのせ、さらに頭の中のルートを開発した、とされています。
つまり、釈尊はアートマン思想を否定する新思想だけでなく、クンダリニーヨーガでも革新的な技法を開発したと言われる所以です。

なぜそれが判るかというと、後期大乗に至り、修定比丘らによって、中観・唯識理論とともに行法という形でクンダリニーヨーガが秘密仏教(密教)として組み込まれたため、その痕跡が理解されるからです。

日光三昧とは唯識理論に基づいたクンダリニーヨーガを修し、全身のチャクラから凄まじいエネルギーを発して、人々の煩悩を断ずるために修されたものだった、ということ

65 :神も仏も名無しさん:2017/11/18(土) 19:28:34.96 ID:0DNzmhkPp
付法の八祖
真言宗の法流の正系を示している。教主大日如来の説法を金剛薩?が聞いて教法が起こり、真言宗の教えが伝わった系譜である。
大日如来(だいにちにょらい)
金剛薩?(こんごうさった)
龍猛菩薩(りゅうみょうぼさつ)
龍智菩薩(りゅうちぼさつ)
金剛智三蔵(こんごうちさんぞう)
不空三蔵(ふくうさんぞう)
恵果阿闍梨(けいかあじゃり)
弘法大師

伝持の八祖
http://www1.plala.or.jp/eiji/Hatusou.htm

龍樹は、存在という現象も含めて、あらゆる現象はそれぞれの因果関係の上に成り立っていることを論証している。
この因果関係を釈迦は「縁起」として説明している。(龍樹は、釈迦が縁起を説いたことを『中論』の最初の帰敬偈において、賛嘆している)

龍樹が密教を説いたかどうかや、第五祖金剛智との時代の隔たりから、龍樹と龍猛の同一性を疑問視する意見もある。

66 :神も仏も名無しさん:2017/11/18(土) 19:32:34.26 ID:0DNzmhkPp
大正時代の河口慧海や寺本婉雅は、『八十四成就者伝』の龍樹伝が特異である
ことから、それに書かれた龍樹は、本来の龍樹の没後(寺本によると6世紀)の同名異人であるとした。
この説では、本来の龍樹を「古龍樹 (N?g?rjuna I)」、『八十四成就者伝』の龍樹を「新龍樹 (N?g?rjuna II)」と呼び分ける。
河口は、密教経典のうち『無上瑜伽タントラ』(左道密教)が新龍樹の著作であるとしたが、これには、古龍樹の著に基づく真言密教の正当性を主張するという背景があった。
一方、寺本は、龍樹に帰せられていた密教経典の全てが新龍樹の著作であり、古龍樹は密教とは無関係であるとした。すなわち、古龍樹が中観の祖、新龍樹が密教の祖である
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E6%A8%B9

北伝仏教の系譜を汲む日本の仏教は、チベット仏教と直接の繋がりは無いものの、同じく大乗仏教であり、特に中国などでは廃絶した密教を保持するという点で共通する。
また、中国での受容を介さないインド直伝の大乗仏教であり、前述の通りサンスクリット原典に近いチベット大蔵経は、仏教学の上で貴重な資料となる。
このことが明治時代には能海寛ら仏教学者に注目され、日本人初のチベット探検者河口慧海に続いて、1900年代から大正時代にかけて多田等観、青木文教、
寺本婉雅ら日本の僧侶、仏教学者がチベットへ赴き、チベット仏教を研究した。

67 :神も仏も名無しさん:2017/11/19(日) 00:30:42.19 ID:AX090oKlc
感興の言葉その1
https://www.youtube.com/watch?v=UEjNlx3T0fo
その2
https://www.youtube.com/watch?v=_1QLcx4dGpY
その3
https://www.youtube.com/watch?v=SnhCfLd1G7U

佛弟子の告白
https://www.youtube.com/watch?v=9XhVB3PklAk
その2
https://www.youtube.com/watch?v=Z5MiAB8VdnI
02
https://www.youtube.com/watch?v=NRpUjH8wq8M
03
https://www.youtube.com/watch?v=Co6dEV6KI_U
その3
https://www.youtube.com/watch?v=2p598ZdrBFw
その4
https://www.youtube.com/watch?v=i4RjajtIGIU

68 :神も仏も名無しさん:2017/11/19(日) 00:33:12.70 ID:AX090oKlc
中村元「ブッダ最後の旅」
https://www.youtube.com/watch?v=kmXGXSKdgE0
https://www.youtube.com/watch?v=KpNegIvnOI8
https://www.youtube.com/watch?v=5wHJanFFJf4
https://www.youtube.com/watch?v=oeFvEXkWv8g
https://www.youtube.com/watch?v=gOjz9-dXAKQ
https://www.youtube.com/watch?v=NWZtkxP3eGg
ブッダの一生
https://www.youtube.com/watch?v=NU7qs38Jhpk
https://www.youtube.com/watch?v=pcZF3GNQ2yU
https://www.youtube.com/watch?v=CPDKcJBoakk
https://www.youtube.com/watch?v=7Vu0euBmpDQ

69 :神も仏も名無しさん:2017/11/19(日) 00:46:32.59 ID:AX090oKlc
カーラチャクラ灌頂伝授会前行法話
https://www.youtube.com/watch?v=9R2_Rt8iEP4
https://www.youtube.com/watch?v=FSoE7LekH1M
https://www.youtube.com/watch?v=9X_F7irVg_E
https://www.youtube.com/watch?v=HYXx_RDJ6mY

アーリヤデーヴァ菩薩瑜伽行四百論
https://www.youtube.com/watch?v=Mr7ylwWCxpc
https://www.youtube.com/watch?v=Kj3iMaW3PbY
https://www.youtube.com/watch?v=AwcloOK1xnk
https://www.youtube.com/watch?v=tZmdbQnK5Wc

4日目・如意輪ターラー菩薩の許可灌頂
https://www.youtube.com/watch?v=pqdfIpY_D7Q

ブッダパーリタ註 初日
https://www.youtube.com/watch?v=pzO_KVgCMhk
ブッダパーリタ註 2日目
https://www.youtube.com/watch?v=NLXcaAasU0k
ブッダパーリタ註 3日目
https://www.youtube.com/watch?v=vbykXVflRxM
ブッダパーリタ註 4日目
https://www.youtube.com/watch?v=nq09ezXNZJY

70 :神も仏も名無しさん:2017/11/19(日) 01:22:32.57 ID:AX090oKlc
チベット人の若者たちへの法話 1日目
https://www.youtube.com/watch?v=xpJ9wSEo5xI
チベット人の若者たちへの法話 2日目
https://www.youtube.com/watch?v=qsp1-eoYjWI
チベット人の若者たちへの法話 3日目
https://www.youtube.com/watch?v=avFw3CxlmMU

ダライ・ラマ法王による大日経伝法灌頂会@大本山大聖院 2006
https://www.youtube.com/watch?v=G0wIh3MvIBw

心を訓練する八つの教え
https://www.youtube.com/watch?v=KQ53XKnSIS8

ダラムサラ法話会
https://www.youtube.com/watch?v=l5Uz2avpC7I
https://www.youtube.com/watch?v=nksalnyWMqI
https://www.youtube.com/watch?v=_aN-h8-WLfo
https://www.youtube.com/watch?v=3oOuHj04EW8

ツォンカパ菩提道次第広論
https://www.youtube.com/watch?v=XheEcLVFEfU
https://www.youtube.com/watch?v=K9v_5tWErW8
https://www.youtube.com/watch?v=LHh7WdWFJgw

滅尽定
https://www.youtube.com/watch?v=mqDJVhRzuiY

真我
https://www.youtube.com/watch?v=fEyi4DtJ4J0

71 :神も仏も名無しさん:2017/11/19(日) 10:04:56.83 ID:AX090oKlc
高知県香南市夜須町羽尾の禅寺「まきでら 長谷寺」、「延命十句観音経」。42文字の短いお経をただ何度も唱えることでご利益がえられるとされている。
https://www.youtube.com/watch?v=CyI1cE1cKTE

光明真言
https://www.youtube.com/watch?v=80GMMTYA2n4

72 :神も仏も名無しさん:2017/11/19(日) 11:14:23.67 ID:AX090oKlc
真言密教(東密)と天台密教(台密)の違いは、東密は大日如来を本尊とする教義を展開しているのに対し、台密はあくまで法華一乗の立場を取り、法華経の本尊である久遠実成の釈迦如来としていること

秘仏公開〜三井寺 天台密教の至宝
https://www.youtube.com/watch?v=IhsvNASx4FE
https://www.youtube.com/watch?v=gNkDU-p0Jao

https://stat.ameba.jp/user_images/20131211/21/chupa-0119/49/b7/j/o0320036912777671323.jpg

http://www.tendai.or.jp/daihoue/profile/images/jikaku/07.jpg

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/79/Chisho_Daishi_%28Konzoji_Zentsuji%29.jpg/300px-Chisho_Daishi_%28Konzoji_Zentsuji%29.jpg

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