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☆ ローマ書を検証する ★

1 :神も仏も名無しさん:2015/04/08(水) 13:32:17.22 ID:5BUWzAVV7
ローマ書を検証し、パウロ教の問題点を明らかにする。
 

138 :神も仏も名無しさん:2017/08/08(火) 19:26:41.71 ID:za3VNc17z
ややこしくなったので結論を話そう。
 
「命の書」など存在しない。なぜなら、神は物質ではないから、
書物とか名前とかを記録することができないからである。
実際は逆、悔い改め→聖霊体験によって、人間の心に神が刻まれる。
 
エレミヤ書31:33−34 新しい契約
来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と
主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの
心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民になる。
そのとき人々は隣人同士・・・と言われる。わたしは彼らの悪を赦し、
再び彼らの罪に心を留めることはない。
ーーーーーーーーーーーー
なぜ黙示録の終わり方とまったく違うのか???

139 :神も仏も名無しさん:2017/08/08(火) 20:55:14.21 ID:za3VNc17z
★ ヨハネの黙示録 ★ 〜 その3 怒りの日
 
神の小羊によって7つの封印が開かれ、怒りの日がやって来た。
7人の天使が順次ラッパを吹くと大いなる災厄が地上に襲いかかる。
天使たちはさらに、黄金の7つの鉢を地上に注ぎかける。
地上の人類も生き物もすべてが滅ぶ → 千年王国 → 新天新地
 
こういった破局は、キリスト教徒迫害に対する神の復讐らしい。
その相手はバビロンだが、当時のユダヤを考えればローマ帝国という
ことになる。そういう意味では、ローマ帝国への呪詛が黙示録の
ネライだったということになる。
 
神の名によってローマ帝国を呪う。それが黙示録なのだろう。
そうであれば、ローマ帝国が滅びた以上、黙示録はすでに用済みの文書
である。黙示録を読めば、神が怒り狂っていた姿を知るわけだから。
黙示録は今や、キリスト教にとっての悪性腫瘍になっている。

140 :神も仏も名無しさん:2017/08/09(水) 18:58:01.90 ID:16OIJ0hN6
怒りの日の神は、愛ではなくて憎しみの塊りになる。神はノアの洪水の時、
二度と大地を呪わないと契約したはずなのに。 創9:12−17
神自ら契約を破るなんて、この神は本当の神ではないのかもしれない。

怒りの日に、神は天地創造の逆、自分の創造した天地を破壊してしまう。
生き物を苦しめるだけなら、天地創造などしなければよかったのに。
全知全能なのに何の計算違いをやったのか。
それとも全知全能ではなかったのか。そうとしか思えない展開である。

全知全能という、一元論的な神を想定すると世界は必ず破滅へ向かう。
善と悪、敵と味方などの対立は、破滅によって静まるからである。
この世界が消滅すれば、世界は平和になるだろう。TT

141 :神も仏も名無しさん:2017/08/09(水) 20:03:37.88 ID:16OIJ0hN6
★ ヨハネの黙示録 ★ 〜 その4 千年王国と新天新地

千年王国 ・・・ 破滅後、何でいきなり新天新地にならないのか。
たぶんそれは、イエスを神そのものにすることに対し、黙示録の作者に
抵抗があったからだろう。神とイエスの違いが千年王国になる。

新天新地 ・・・ これは理解できそうで理解しにくい。
地上が消滅して新天新地ができると言ったら、死後の霊界を思わせる。
だいたいキリスト教は、死後の天国入りを目指しているから、
教義的には矛盾しないのだろうがwww

・新天新地の都には神殿がない。人影もない。← 人間はこれから来る?
・都の地面や城壁や門は金や水晶や各種の宝石でできている。
 これってアミダ経の極楽と同じだね。アミダ経は黙示録の剽窃かも。

142 :神も仏も名無しさん:2017/08/09(水) 20:48:53.69 ID:16OIJ0hN6
黙示録の最後に置かれた呪いの言葉 黙22:18−19
 
・何かを付け加える者 → この書の災いが加えられる。
・何かを取り去る者 → その者の受け取る分を取り除く。
(救われたからこそ、取り除く分もできるわけだが・・・意味不明)
 
何も気にしないで黙示録の全体を削除しよう
・命の書なんか存在しない。
・バビロン(ローマ帝国)が滅び、裁きの日はすでに終わった。
 
いや、削除しないでそのままにしておこう
・キリスト教の黒歴史を保存するにはこの方がいい。
・地球が滅びようとも、人類が気づくかどうかにすべてを任せよう。
・明日突然死ぬかもしれない。人類はそんな時代を生きている。

143 :神も仏も名無しさん:2017/08/10(木) 19:08:36.80 ID:hQ2KgWrHz
★ 聖書はウソと真実の混ぜ物である ★ by シルバーバーチ霊
そこで思いつくままに、ウソと真実の対照表を作ってみたい。
 
【ウソ】 → 【真実】
パウロの信仰義認 → イエスの行為義認
予定説 → 未定説、「悔い改め」によって運命の転換ができる。
命の書、預言 → 自由意志、「ヨナ書」はそれをテーマにしている。
 魚の腹に三日三晩いたヨナがニネベの滅びを預言した。
 しかし、人々が悔い改めたので、ヨナの預言は結局実現しなかった。
 イエスの三日目の復活はヨナ書を前提に語られている。
 人々が悔い改めれば、終わりの日はやって来ないと言っている。
全知全能という神の一元論 → 神(命)と物質の二元論
 天使(悪魔)の存在自体が全知全能を否定している。
神は愛、光、言葉 → 神は命そのもの、命かつ物質が人間である。
 愛は関係概念でしかない。神の正体は命そのものである。

144 :神も仏も名無しさん:2017/08/10(木) 20:11:09.00 ID:hQ2KgWrHz
聖書はウソと真実の混ぜ物であり、それによって読者を混乱させ、
洗脳するのに格好の心理状態を作り出す。
真実はエサであり、目的は読者をウソに誘導することにある。
 
もちろんそれは、キリスト教だけでなく、あらゆる宗教についても
言えることである。いずれにしろ、若いうちは宗教に近づかない方が
いい。どれもこれもウソと真実の混ぜ物だからである。
宗教を商売にするにはその方が都合いいからだ。
 
真理を知りたければ、ひとりで探求しなければならない。
詩や音楽や絵画、小説でもいいし、哲学でも心理学でもいいだろう。
宗教団体に無縁なら、半分以上は成功したようなもの。(^−^)

145 :神も仏も名無しさん:2017/08/10(木) 20:59:55.99 ID:hQ2KgWrHz
では、どう生きたらいいのだろうか。
そのヒントが黙示録19:11−16にある。
イエスのように生きればいい。
 
「誠実」と「真実」と「正義」をモットーにしよう
 
その目は燃え盛る炎・・・誠実、真実、正義に燃えている
口からは鋭い剣が出ている・・・ウソと真実を峻別する

146 :神も仏も名無しさん:2017/09/02(土) 20:15:01.49 ID:Tg955XGmT
何が「真実」で、何が「正義」かがわからないうちは、
最初の「誠実」をモットーにしよう。

誠実とは、自分が言ったことが実現することをいう。
要するに → ウソをつくな
そういうことだから、自分の発言にもっともっと慎重になろう。

147 :神も仏も名無しさん:2017/09/06(水) 20:40:02.22 ID:Ota5bl1Om
信仰義認の欠点は、悪人誇り、本願誇りだろう。

では、行為義認が正しいかと言えば、行為義認にも欠点がある。
パリサイ派のように手段と目的を転倒し、律法を目的化してはいけない。
律法は罪を意識するためにあり、律法それ自体は手段でしかない。

148 :神も仏も名無しさん:2017/09/16(土) 18:48:47.31 ID:FAyduPMMb
★ 日本人の世界史的使命はキリスト教批判にある? ★

欧米のキリスト教社会は、そのおぞましい歴史からキリスト教批判に対し、
強い無意識的な抵抗がある。そのため簡単には自己批判できない。
その点、日本は欧米とは逆に、キリスト教排除にそれなりに成功している。
日本人こそが、キリスト教を正確に批判できると思うがどうだろう?

149 :神も仏も名無しさん:2017/09/16(土) 19:24:46.87 ID:FAyduPMMb
日本人がキリスト教を受けつけない理由はいくつかある。
 
(キリスト教それ自体の問題点) 〜 言行不一致
@ 人間イエスを神にしたキリスト教のウソを見破った。
A キリスト教が欧米による世界侵略の隠れ蓑だったことを見破った。
  
(日本という国の特殊性) 〜 キリスト教を必要としていない
B 日本人はすでに、神道や仏教から「いのち」の大切さを学んでいる。
C 日本語には、日本人の古くからの知恵が内在している。
ーーー 主語を省略することで、「自分」というエゴを消そうとする。
ーーー アルファベット26文字に比し、日本語の情報量は圧倒的である。
ーーー ひらがな、カタカナで外来語も簡単に取り込んでしまう。
 
ただし、あまり一般的でない英語までカタカナにする人もいるが、
そこまでになれば何かカン違いしているアホなんだろうね。

150 :神も仏も名無しさん:2017/09/17(日) 18:04:31.54 ID:pQD73BK7e
欧米のキリスト教社会が気の毒なのは、
そこに神道や仏教がなく、選択肢がまったくなかったし、
これからもほとんどないことだろう。
  
神道や儒教や仏教から自由に学べた日本人は幸せだったし、
これからも幸せだろう。
ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、他宗信仰者を排除する。
 
イスラム教の場合は、終生イスラム教をやめることができない。
棄教する者は死刑宣告を受けるかもしれない。
平和ボケした日本人には想像もできない環境を生きている。

151 :神も仏も名無しさん:2017/10/19(木) 16:42:05.27 ID:jztijC7I5
★ スピリチュアリズム ★

18世紀半ばからスピリチュアリズム(心霊主義or霊魂主義)が
世界中に急速に普及した。信じない人もいるだろうが、
これは人類の将来を心配した霊界側からの組織的な働きかけである。

その目的は、霊界側からの、人間の死後存続を証明することにある。
死者の霊が人間の死後存続を教えるため、この世に直接働きかけている。
それを本物だと思えるなら、これにまさる証明はないだろう。

霊界側が憂慮するのは、共産主義とキリスト教である。
共産主義はソ連が崩壊して一段落したが、まだまだ安心できない。
キリスト教については、教義の核心である「贖罪説」を強く否定している。
しかし、これを否定されたらキリスト教が崩壊する。
そのためキリスト教側は必死に抵抗する。

152 :神も仏も名無しさん:2017/10/19(木) 17:28:48.47 ID:jztijC7I5
霊界側の働きかけは、すでに「三大霊訓」という形で記録されている。

@ ルイ王霊団・1856年刊行『霊の書』、『霊媒の書』
仏人アラン・カルデック(1804-1869)が友人の娘を霊媒に霊界と通信する。
ブラジルに伝わり大流行、1千万以上の信者がいるという。
A インペレーター霊団・『霊訓』
牧師である英人ステイトン・モーゼス(1839-1892)による自動書記。
1870年代から始まり約10年間。
B シルバーバーチ霊団・『霊訓』
霊言霊媒である英人モーリス・バーバネル(1902-1981)による霊界通信。
1920年代から1981年まで通信。

シルバーバーチ霊は37年前まで英国に出現していたわけであり、
スピリチュアリズムがごく最近の運動であるがわかる。

153 :神も仏も名無しさん:2017/10/21(土) 19:20:58.46 ID:lLKijW0F8
スピリチュアリズムは、18世紀半ば、物理的霊現象として登場する。
@ アランカルデックもこの頃の人間である。

Aのインぺレーター霊団は、「贖罪説」を主要なテーマに据え、
牧師であるステイトン・モーゼスを相手に論戦する。
モーゼスは結局、聖公会牧師をやめ、霊団の説得は成功する。

Bのシルバーバーチ霊団は、伝統宗教に疑問を抱いた、無神論者・不可知論者
のモーリス・バーバネルを相手に選んだ。バーバネルの父は無神論者、
母は聖公会の信者だが、霊界側が説得に成功、さらに前進する。
ここでの主要テーマは、「贖罪説」と「輪廻転生」である。

この流れは、霊界側の計画に沿っており、デタラメなものではない。
バーバネルの死によって、霊界通信が途絶えたのも当然だ。
今や、もうワンステップ、霊性を上げるべき時期が到来しつつある。

154 :神も仏も名無しさん@そうだ選挙に行こう:2017/10/22(日) 11:52:25.42 ID:JBzDAY8eK
スピリチュアリズム書籍の翻訳は、1985年以降盛んに行われた。
従って、日本での歴史は30年程度と考えてもいいだろう。

2005年〜2009年、テレビ朝日が「オーラの泉」を放送した。
しかし、これによってスピリチュアリズムが低俗なインチキだという印象を
世間に与え、せっかくの翻訳も台無し、じきに書店から姿を消した。

幸い、下記サイトを検索すれば読むことができる。
 「スピリチュアリズム・ブックス」
 「東京スピリチュアリズム・ラボラトリー」

155 :神も仏も名無しさん@そうだ選挙に行こう:2017/10/22(日) 14:24:46.34 ID:yVVhg1HaQ
>>1はパウロ教という単語を使ってキリスト教を内部から破壊する
ウイルスです。

156 :神も仏も名無しさん:2017/10/23(月) 18:36:38.97 ID:2bByhUG59
マイヤーズ霊が、イエスと釈尊の違いを論じている。
意味深で興味深い。下記を検索して一読あれ。
出処は、C・カミンズ著 『人間個性を超えて』梅原伸太郎訳
 
「東京スピリチュアリズム・ラボラトリー」
各論編 → (16)マイヤーズ通信より「正しい愛の道」

157 :神も仏も名無しさん:2017/10/23(月) 19:29:57.73 ID:2bByhUG59
マイヤーズ霊は、釈尊が「愛」を説かなかったことを批判する。
しかしこれは誤解であり、釈尊は「愛」を説いている。
仏典の最古層である『スッタニパータ』第一章八節「慈しみ」が
それである。釈尊の愛は人間的な愛を超えている。
 
マイヤーズ霊はもう一つ、釈尊が「欲望を否定する」と批判する。
この批判への反論は、それが神霊体験の必要条件だということである。
そもそも、欲望を否定しないと神霊体験ができないのである。
 
イエスの神霊体験は、共観福音書の冒頭に書かれている。
だから、釈尊と同様、イエスも欲望を根こそぎにしたはずである。
二人とも、欲望を根こそぎにしたから、欲望から自由になり、
自分の意志で欲望を支配できるようになったのだ。

158 :神も仏も名無しさん:2017/10/23(月) 20:52:15.97 ID:2bByhUG59
釈尊は成道後、乞食をしながら各地を遊行、娼婦とも不可触民とも
分け隔てなく食事をし、教えを説いて歩いて回った。
このあたりは、浮浪者のようなイエス集団と何ら変わりがない。
 
神と出会う神霊体験には二つの局面がある。 
@ 神霊体験をする前は、
ヨブのように神の試練を受け、厭世的になり、苦しみに苦しむ。
悟りたいがために、自ら修行や苦行を課す人々もいる。
A 神霊体験をした後は、
人生の大疑問が晴れて、伸び伸びと生きることができる。
 
釈尊の苦行とか欲望否定は、@の局面の話である。
イエスの生活を楽しむ余裕は、Aの局面の話である。
二人とも両方の局面を経験している。

159 :神も仏も名無しさん:2017/10/24(火) 19:48:26.74 ID:pHepaCjBk
★ イエスには霊魂体験ができたのか否か ★

釈尊は、スジャータの布施を契機に、神との出会い(神霊体験)をする。
そして次に、神への絶対帰依で坐禅、自分との出会い(霊魂体験)をした。
教えを説いてほしい、という梵天勧請はその後の話になる。

イエスの場合は、形だけの洗礼を受けた直後に神霊体験をする。
 マタイ3:13−15の、イエスと洗礼者ヨハネの会話は奇妙過ぎる。
 洗礼を受けるべきヨハネが、神であるイエスに洗礼を授ける???
 平社員が社長の頭をなでるようなものではないか。

イエスはその後、霊に導かれ、悪魔から試練を受けるため荒れ野に行く。
神であるイエスが、なぜ悪魔の試練や誘惑を受けるのか。これも解せない。
それにこれで終わりでは、イエスは神霊体験と悪魔の試練しか受けていない
ことになる。そうするとイエスは、霊魂体験をしていないのだろうか。

160 :神も仏も名無しさん:2017/10/24(火) 20:37:57.27 ID:pHepaCjBk
釈尊 ・・・ 神霊体験 → 霊魂体験 → 梵天勧請
イエス ・・・ 神霊体験 → **** → 悪魔の試練
私でさえ ・・・ 神霊体験 → 霊魂体験 → 竜神体験

私でさえ霊魂体験をしたのに、神であるイエスになぜ霊魂体験がないのか。
あっそうか、イエスは神だから霊魂がないわけか。(^−^)
しかし、神は形ない命だから、イエスの肉体に宿ることはできない。
そうするとイエスの地上時代は、霊魂のない、ただの肉の塊りだったとか。
まさかねえ。霊魂がある、普通の人間だったと考えるのが自然だよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
イエスを神にするため、イエスの霊魂体験を削除したのだろうか。
霊魂はヒンドゥー教ではアートマンと言われる。不思議なことに聖書には、
創世記2章に登場する「命の息」を除き、霊魂らしい話が登場しない。
意図的に削除しなければならないなら、その理由は何だろう。

161 :神も仏も名無しさん:2017/10/24(火) 23:21:14.59 ID:pHepaCjBk
聖書的世界に「霊魂体験」は存在するのか
 
@ 霊魂体験は坐禅によって行う。意識を維持した瞑想では不可能。
坐禅という技術がない以上、聖書的世界での霊魂体験は難しい。
 
A 神霊体験から霊魂体験に進む。しかし、聖書的世界は全知全能の
神への信仰だから、神霊体験や霊魂体験は最初から眼中にない。
そういった体験を探し求めないから当然見つからない。
 
B 神霊体験から霊魂体験をすれば、神(命そのもの=形のない命)と
人間(霊魂=形ある命)との間に、天地の開きがあることを知る。
それを知れば、神を父、自分を神の子などとは決して言わないだろう。
 
それなのにイエスは、神を「父」と繰り返し言っている。
このことは、イエスが霊魂体験をしていない可能性を物語っている。
神霊体験はしたが、たぶん霊魂体験はしていない。(^−^)v

162 :神も仏も名無しさん:2017/10/24(火) 23:53:28.29 ID:pHepaCjBk
C 神を「父」と呼ぶことは冒涜である。この呼び方のなかに、
自分が神の子であり、やがて神を相続することがイメージされている。
つまり神殺しである。神を「父」と呼んではいけない。
 
D 神が「父」なら、神は「男」にならざるを得ない。
そういったイメージ自体が、偶像崇拝であり、冒涜である。
神は父でも母でもない。神は命そのものである。
 
E 創世記1:27「神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。男と女に創造された。」
これは真っ赤なウソ。神に形や性別があるはずがない・・・
人間の形をした男性・イエスは聖人であっても、神じゃないからね。
 
F イエスの洗礼と神霊体験と悪魔の試練は一体何だったのか。
たぶん、福音書作家の所属した宗教団体の<奥義書>から取材され、
編集された作り話の可能性が高い。

163 :神も仏も名無しさん:2017/10/25(水) 10:17:42.83 ID:xqJri6UYG
★ イエスには霊魂体験ができたのか否か ★ 〜 永遠の命
 
以上から、聖書的世界に霊魂体験がないことがわかる。
そうだとすれば、「永遠の命」の正体は神霊体験ということになる。
その具体的内容は、ほんの一滴の「命の雫」である。
これこそが「神」そのものなのだ。それは永遠であり、叡智であり、
アガペーであり、静かな安らぎであり、完璧な赦しである。
 
しかしキリスト教徒は、それを神とは認めない。
聖書的な神は、大宇宙を創造した全知全能の神でなくてはならない。
ほんの一滴の「命の雫」が神であるわけがない。
そう考えるから、神が命そのものであることを決して認めない。
そして、イエスこそが神であると妄想し続ける。

164 :神も仏も名無しさん:2017/10/25(水) 10:50:54.58 ID:xqJri6UYG
創世記2:7 
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、
その鼻に命の息を吹き入れられた。
 
この話には、次の三つのテーマが語られている。
@ 神 ・・・ 人間以外に「神」が存在すること
A 霊魂 ・・・ 人間の中には「神の息」が存在すること
B 神と物質の二元論 ・・・ 人は「神の息」と「土」からなること
 
この話は真実である。聖書が危険で有害なのは、真実と作り話を
混ぜ込んでいるところにある。何が真実であり、何が作り話なのかを
見分けられるようになってから読むべきだ。そうしないと作り話に
翻弄され、取り返しのつかない一生を送ることになる。

165 :神も仏も名無しさん:2017/10/25(水) 11:14:48.61 ID:xqJri6UYG
若い人は聖書など読むな。フロイト心理学と弁証法を学べ。
詩や小説や音楽や絵画や映画を楽しめ。
そのほうが真理に早く近づける。もし宗教を学びたいなら、
岩波文庫の中村元訳、原始仏典を読むといいだろう。
 
年取った人も聖書など読むな。
四諦(苦集滅道)と縁起の理法を知り、神霊体験ができれば、
一瞬で人格を変えることができる。死ぬまで諦めることはない。
 
女性の場合は、役割の違いから、真理を目指すのは難しい。
精神的に苦しい時は、フロイトから心理学を学ぶといいだろう。
フロイトは専門書だが、具体的な症例が多くて読みやすい。
自分と比較しながら読むだけで自然に癒される。

166 :神も仏も名無しさん:2017/10/26(木) 21:11:00.52 ID:Iw7YZ56zp
★ イエスには霊魂体験ができたのか否か ★ 〜 キ教徒の残虐さ
キリスト教徒の残虐さは歴史を調べればすぐにわかる。
その残虐さは、キリスト教のいったいどこに由来しているのか。

@ まず、パウロが説いた贖罪説に主たる原因がある。
イエスを信じさえすれば、人間の原罪は許されるという教えそのものが、
人間の「良心を」マヒさせている。

A それに、いったんクリスチャンになれば、何回罪を犯しても、
悔い改めることで何回でも赦されるらしい。キリスト教は人間の「良心」を
何回でも破壊する。・・・ 殺される側はたまったものではない。
いくら謝られても、もう二度と生き返らないのだから。(TT)

B さらに霊魂の存在を否定する。殺してしまえば「土くれ」である。
ここにおいて、人間の「良心」が完全に破壊される。相手を反キリスト、
悪魔と断じさえすれば、相手を殺すのは善行なのである。

167 :神も仏も名無しさん:2017/10/27(金) 13:50:25.85 ID:8/6FLLhtd
C クリスチャンは、かりに自分が殺されても、終わりの日に復活、
天国に行けると妄想している。他方で、キリスト教を信じない連中は、
終わりの日に裁かれ、地獄で焼かれると妄想している。
だから、神の戦士になったつもりで、敵対者を平気で殺して回る。
 
D 霊魂がなければ、クリスチャンも死んだら「土くれ」だ。
彼らも敵対者も、終わりの日がやって来るまで、意識を失った状態で
えんえんと仲良く眠っている。これが陰府 or 煉獄である。
 
E キリスト教は、死後直後の霊体復活、霊界の存在、輪廻転生など、
絶対に認めないだろう。「霊魂」の存在を認めることになるから。
  
F 神は永遠の命である。
そしてもう一つ、神に由来する「霊魂」も永遠の命なのである。
人間は単なる「土くれ」ではなく、人間の中に「霊魂」が住んでいる。
これがわかれば、キリスト教をやめることができるだろう。

168 :神も仏も名無しさん:2017/10/28(土) 13:28:22.98 ID:GUkuvthkk
良心の起源は霊魂にある。
それゆえ霊魂を否定すれば、良心が破壊されてしまう。

キリスト教は霊魂否定を文底に隠しており、
沈黙のうちに、人間を肉の塊り、単なる土くれとして扱っている。
これがキリスト教徒の残虐性を生み出すのであろう。

クリスチャンであれば救われて天国に行けるが、
それ以外の人間は永遠に地獄の火で焼かれるのだと信じている。
彼らは心の中に、恐ろしい妄想を抱いている。
まるで悪魔のようではないか。(TT)

169 :神も仏も名無しさん:2017/10/28(土) 20:52:26.55 ID:GUkuvthkk
ほんの一滴の「命の雫」ーー 神霊体験は究極の至福である。
それは、一瞬にして人格が変わってしまうほどの至福なのである。
それが神であることは瞬時にわかる。
 
これに対して霊魂体験は醒めている。それは爽快だが、痛いほど清浄な
世界であり、視覚や聴覚などの感覚が異常に研ぎ澄まされている。
この体験をした直後は、何を体験したのかがよくわからなかったが、
だいぶ後になって霊魂体験だったのではないかと気づいた。
これが神霊体験と霊魂体験の違いである。
 
霊魂体験では、霊魂そのものに比べ、日常的な感覚や意識がいかに
鈍重なのかを学んだ。身体や物質に執着すればするほど、
それに比例し、霊魂は鈍くなり重くなり、鋭さや軽さを失ってしまう。
霊魂は肉体という牢獄の中にいるようなものである。

170 :神も仏も名無しさん:2017/10/30(月) 13:27:05.74 ID:MxmzXkP7N
★ 死後のイメージ ★ 〜 クリスチャンの場合

肉体の死 → 墓場で眠り続ける(陰府 or 煉獄) →「終わりの日」→
復活して「命の書」による最後の審判 → 天国で永遠に生きる

この図を眺めていると、不吉な出来事が浮かんでくる。
教会で洗礼を受け、自分がクリスチャンだと確信している人は、
終わりの日ができるだけ早く来ることを願うのではないか。
墓場で待つより、天国で暮らす方がいいに決まってる。

ならば、積極的に「終わりの日」を作り出せばいいではないか。
いまや大規模な「核戦争」を起せば、人類は滅びるだろう。
クリスチャンなら、そう考えてもおかしくない。
自分たちは常に救われ、天国に行けることを盲信しているからである。
ここに、放置できないキリスト教の狂気がある。

171 :神も仏も名無しさん:2017/10/31(火) 18:26:04.77 ID:wSY3G51ZR
クリスチャンの残酷さは徹底している。南北アメリカにいた先住民を虐殺、
そこへアフリカの黒人を連れて来て家畜以下の奴隷にしている。
それに黒人や先住民への差別や迫害は未だに続いている。

英国の植民地だったインドでは、大量のインド人が両手首を切られている。
フランスの植民地だったアルジェリアでも、大量の手首が発見された。
クリスチャンよ、お前たちはいったい何をやっているのだ。
お前たちは、お前たちの先祖がやったことの罪を相続することになるのだ。
同じ信仰をすることで、同じ思い、同じ行いをするからである。

そのうえクリスチャンは、被征服民の文化や文明を徹底的に破壊する。
敗戦後の日本も、戦前のリーダーが追放され、戦前の書物が処分されている。
秦の始皇帝がやった焚書坑儒のようなものである。(TT)

172 :神も仏も名無しさん:2017/10/31(火) 19:39:23.00 ID:wSY3G51ZR
世界を不幸にしているのは、クリスチャンの残虐さだけではない。
お前たちの霊界を認めず、輪廻転生を認めない教義自体が、
どれだけ残酷なのかを考えたことがあるだろうか。
 
親の地位や財産に運命を左右され、事故や災害に左右され、その後の
病気や貧困にも左右され、いじめや悪意や犯罪の被害者にもされ、
無実の罪で死刑にされることもあるではないか。
 
全知全能の神なのになぜ、こんな残酷な運命を与え給うのか。
キリスト教の説くように、霊魂を否定し、前世もなく転生もない
一回限りの人生なら、まったく理解できない謎である。
無慈悲な神などいらぬ。
キリスト教の神は悪魔以外の何者でもないwww

173 :神も仏も名無しさん:2017/11/01(水) 19:15:44.13 ID:YZaCmGMyE
★ 死後のイメージ ★ 〜 スピリチュアリズムの場合
「魂の旅の旅程表」梅原伸太郎文庫より
-------------------------------------------------------------- 
第一界 物質界 肉体という物質形態。死ぬと霊界に復活する。
第二界 冥府 地上記憶を点検、上昇か下降(再生)かを決める。
第三界 幻想界 ここに天国と地獄がある。上昇か下降かを決める。
第四界 色彩界(形相界)破壊と創造。霊感の源泉。守護霊。
第五界 恒星界(火の壁)→ 火焔界 守護神レベル
第六界 光明界(白光界)不滅の存在。神体レベル。
第七界 彼岸(無窮)宇宙の外側の世界、時間と空間の外に出る。神。
-------------------------------------------------------------- 
物質界が第一界なのは、人間は霊と物質の両方を生きているから。
人間は死ぬとすぐに肉体を脱ぎ捨て、霊体で霊界に復活する。
霊界では地上での人格に応じ、神に向かって次第に上昇して行く。
他方、上昇できなくなった霊体は、地上で再生することも可能である。
霊界は想念の世界だから、いわゆる天国と地獄は第三界に当たる。 

174 :神も仏も名無しさん:2017/11/01(水) 19:43:09.86 ID:YZaCmGMyE
スピリチュアリズムの場合は、死ぬとすぐ霊界に復活し、
さらには、地上へ転生して人生のやり直しも可能なのである。
本人が納得できるまで転生できたら、不幸な人生を送った人々も、
いずれは神の愛を実感することもできるだろう。
 
人間は、平均すると4〜5回ぐらい転生するらしい。
それに人間は人間にしか転生しないともいう。
キリスト教の無慈悲な神に比べたら、
この神の方が、よっぽど神らしい神ではないか。
幸せになるのも不幸になるのも、本人の努力次第である。(^−^)v

175 :神も仏も名無しさん:2017/11/01(水) 22:12:24.38 ID:YZaCmGMyE
スピリチュアリズム・ブックスで検索すると、
アラン・カルディク(編)の『霊の書』を読むことができる。
三大霊訓のうちでは、もっとも短く、霊界事情がコンパクトにまとめ
られている。最初に読むなら、これがよさそうである。
贖罪説批判がないので、キリスト教徒も読みやすいことだろう。
 
ただ、他の霊界通信と同様、全知全能の神を前提にしている。
ーーこれは間違っている。神が善なる神で全知全能なら、不完全な
世界をわざわざ造り、そこで人間を苦しめる理由が存在しない。
それに、人間が天国を目指す理由もなくなってしまう。
神の全知全能によって、人間を天国に引き上げれば済む話である。
 
ーー神が全知全能でなければ、不幸の説明が可能である。
神は全知全能ではない。ーーこれが正解なのだろう。

176 :神も仏も名無しさん:2017/11/02(木) 20:19:42.70 ID:wF0d97V+7
★ 神(命)と物質の二元論 ★
 
137億年前、ビッグバンによって宇宙がたまたま誕生した!
ゼロである虚無が、神(命)と物質に分裂したのである。
その成り行きからすれば・・・
 
神と物質とは正反対のものにならざるを得ない。
ーー 神が、永遠であり、真善美であり、愛であるなら、
ーー 物質は、刹那であり、偽悪醜であり、憎になるだろう。
 
物質は、因果法則に支配された機械的な存在である。
そこには感覚もなく、感情もなく、思考もなく、何の意思もない。
天体の動きも、地球の動きも、すべてが自然現象である。

177 :神も仏も名無しさん:2017/11/03(金) 11:06:02.30 ID:rUMhQW0W8
ーー 神が、命であり、叡智であり、永遠であるなら、
ーー 物質は、死であり、無智であり、時間である。
 
神と物質は、虚無から生まれた双子である。
虚無から、死や無智や時間を完全に除去すれば → 神になる。
虚無から、命や叡智や永遠を完全に除去すれば → 物質になる。
 
神と物質は、同時に存在できない。
直接出会えば虚無に戻るから。
そのため、神は四次元、物質は三次元に住み分けている。 
 
物質の世界は、時間的な因果法則に支配されている。
神の世界は、時間がないから、因果法則に支配されない。

178 :神も仏も名無しさん:2017/11/03(金) 12:05:36.20 ID:rUMhQW0W8
人間は、神である命そのものではなく、
神の息である「霊魂」によって維持され、生きている。
霊魂は透明な丸い球であり、これが人間の意識の究極である。
これがインド哲学で言われるアートマンでもある。
 
この場合、霊魂の中身は神に由来するが、霊魂という殻に守られ、
さらには幽質や肉体によって完全に守られている。
その結果、神と物質との直接の出会いが避けられている。
命が地上に誕生しても、虚無に戻らない仕掛けがここにある。
 
こうして、神に由来する「意識」は、宇宙の破滅を回避しながら、
物質の世界に住むことが可能になった。
人間は時間の側に降りて来た、神由来の「意識」なのである。

179 :神も仏も名無しさん:2017/11/04(土) 00:45:51.57 ID:0xFf7xkVV
★ 神(命)と物質の二元論 ★ 〜 物質とは何か
 
@ 物質は神の被造物ではない。
神と物質は正反対だが、神と物質は相互依存し、対等な関係にある。
両者は虚無から生まれた双子であり、両者の相性は悪くない。
 
A 万物は変化し、流転している。
噴火・地震・津波・台風などの転変地異は、単なる自然現象である。
神罰だと騒ぐ人もいるが、神とはまったく無関係である。
 
B 宇宙はビッグバンのエネルギーで充満している。エネルギー保存の
法則によって、どんなに変化し流転しても、宇宙全体のエネルギーは
一定である。神が永遠であるように、宇宙も永遠である。
 
C 物質世界には「因果の法則」が支配している。
→ この分野では、再現性に基づいた科学的探求が可能である。

180 :神も仏も名無しさん:2017/11/04(土) 11:10:52.31 ID:0xFf7xkVV
★ 神(命)と物質の二元論 ★ 〜 人間とは何か
 
@ 人間は、転生(再生)しながら永遠に生きる。
神が永遠であるからには、神由来の「霊魂」も永遠に生きる。
肉体が滅んでも、人間は霊的な体を得て霊界に復活する。
 
A 人間以外の生物に関してはよくわからない。
少なくても動物には、人間より劣るだろうが、霊魂がありそうだ。
植物は種子が霊魂の代わり? さらに下等な生物は自己増殖?
 
B 人間の使命は、神の目的に従うことである。 
神は、神の愛ゆえに、宇宙(死の世界)に働きかけている。
神は地上を目指し、命の楽園を建設しようとしている。
人間は、神によって地上に派遣された、神の戦士なのである。
これが人間の使命であり、生きる意味である。(^−^)v 

181 :神も仏も名無しさん:2017/11/04(土) 12:00:00.53 ID:0xFf7xkVV
★ 神(命)と物質の二元論 ★ 〜 霊界とは何か
 
@ 霊界は、神の戦士たちの安息の場である。
霊界は想念の世界だから、地上で学んだ「因果の法則」が役に立つ。
愛や真善美を選ぶことで喜びを得、
憎や偽悪醜を避けることで安らぎを得る。
 
A 霊界では、その霊の思いが周囲から丸見えである。
その結果、類は友を呼び、同じような霊同士がグループを形成する。
地上での向上努力が、高級霊・低級霊の違いを生む。
 
B スピリチュアリズムの転生(再生)理論に混乱がある?
カルディクの『霊の書』では、霊は個性を失うことはないと断言する。
これに対して、マイヤーズ霊は「類魂」という概念を使い、
複数の霊が一体となり、あるいは分裂することがあると語っている。
ーー酷似した霊のグループが「類魂」ならば理解可能である。

182 :神も仏も名無しさん:2017/11/05(日) 14:33:26.23 ID:PSzzctJ3X
★ 神(命)と物質の二元論 ★ 〜 神とは何か

@ 繰り返し書いて来たように、神は「形のない命」である。
人間は生まれつき、命と物質の違いを無意識のうちに知っている。
この命が神なのであり、神とは「命そのもの」なのである。

A 人間は、神である「命そのもの」を体験することができる。
精神的に死ぬと = 自我が壊滅すると、頭の中に「命の雫」が落ちて来る。
神は均質だから、ほんの一滴の「命の雫」で神の全体を知る。

B 神を体験することは至難の業である。
その難しさは、旧約の「ヨブ記」を読めばわかるだろう。
神は「絶望」の向こう側にいる。
だから女性は、神探しを絶対やってはいけない。
女性には女性の役割がある。

183 :神も仏も名無しさん:2017/11/05(日) 21:18:37.57 ID:PSzzctJ3X
C 自分(自我)があるうちは神に出会えない。
神と物質とは直接出会えないのだ。ではどうしたらいいか。
自分を捨て、物質への執着心、欲望を根こそぎにする以外にない。
それができれば神の方からやって来る。
   
D 神との出会いは究極の至福である。
頭も感覚も冴えわたり、心の中は安らぎと静かさで満ちている。
そして2週間以上、断続的に戦慄が背中を走り抜け、
見た目は変わりないが、心の有様が180度回転してしまう。
   
E(神の一元論)キリスト教の致命的欠陥
「霊魂」が存在する。→ 人間は全員「永遠の命」を持っている。
「命の雫」によって救われる。→ キリスト教はいらない。
「全知全能の神」は存在しない。→ 存在しない神を拝んでいる。 

184 :神も仏も名無しさん:2017/11/06(月) 11:49:32.33 ID:NT9jJlxYg
F パウロが言ような「原罪」は存在しない。
人間の究極は霊魂である。それは神の息であり、神由来の霊魂に
原罪などない。霊魂自体は善であり、真善美である。
 
G ただし、霊魂が地上に根付くために、幽質とかアラヤ識とか
言われる、物質への執着心(本能・欲望)が生じ、霊魂の表面を覆い
尽くして行く。これは、子供が育つ仕組みであって罪ではないが、
大人になるに従ってコントロールできなければならない。
 
H 物質への執着心に負けた大人が「犯罪」に走る。
キリスト教の悪魔とは、自分の心の中に住む、偽悪醜のことである。
善なる神が悪魔を創造するわけがないではないか。
 
I 梅原伸太郎文庫の「魂の旅の旅程表」
神と物質の二元論だね。第一界が物質 → 第七界が神になっている。
ーー 神が命そのものだとか、霊魂があるとは言ってないが。

185 :神も仏も名無しさん:2017/11/07(火) 19:30:15.40 ID:RJFb4gNg4
★ グローバリズムの功罪 ★
 
2001-2006 年の、小泉純一郎、竹中平蔵の構造改革・規制緩和から、
日本経済は長期停滞・低迷に入った。自殺者が年3万人を超え、
都会にはホームレスが目につくようになった。
今の安倍は、グローバリズムの流れの中にいる政治家である。
 
グローバリズムとは、人・物・金を国家という枠から外し、
その交流を国際的に開放しようという主張である。
誰が考え出したのか知らないが、この主張は公平ではない。

186 :神も仏も名無しさん:2017/11/07(火) 19:53:35.94 ID:RJFb4gNg4
なぜなら、国際間での、人・物・金・技術などの自由交流には、
簡単なものと困難なものがあるからである。
金や技術は即座に流出するが、人の国家間移動は簡単ではない。
言葉の壁があるし、外国への移住には抵抗もある。
 
ましてや、その国の埋蔵資源(石油、ゴムなど)は動かない!!!
日本には何があるのか。漁業資源ぐらいか。
ここに「グローバリズムのウソ」がある。
 
日本は資源に乏しく、技術立国で発展してきた国である。
その技術を海外に流失したら終わりだろう。
なぜ、自分の首を絞めるような政治家ばかりになったのだろうか。
知らないうちに売国政治家が増えたのかもしれない。(TT)

187 :神も仏も名無しさん:2017/11/07(火) 20:26:28.47 ID:RJFb4gNg4
売国政治家が増えたのは、 
小選挙区制によって、国会議員が地域の利害によって選ばれ、
中選挙区制より小粒になったことがあるかもしれない。
 
さらには、地方自治体や国会議員の中に、日本人のフリをした
帰化外国人が混じっていることも問題だろう。
せめて当人の、帰化情報を選挙公報に載せるべきではないだろうか。
知らないうちに外国人に支配されたのでは、たまらない。
 
政治家もマスコミもすっかり欲ボケした。
良心的な政治家やマスコミもいるのだろうが・・・(TT)

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