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天理教 基本教理 天理教教典

1 :基本。:2014/01/16(木) 02:28:13.77 ID:e/QsDK0l.net
天理教の教理の基本は「天理教教典」に示されている。
だが、真剣に学ぶものは信者の中にも見たことが無い。
それについてのスレを立てて、天理教の基本教理を学ぶに資することを願う。

71 :基本。:2014/01/22(水) 03:19:56.49 ID:bIV5jKKs.net
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1324264164/l50
おやさまの教えは実数ですから、正月30日の予言は130年は、1998年の出来事でした。
・・ 1998年を1として13年は、2010年です。
2010年の出来事は、「天候・天災・観測等」
エルニーニョ現象の影響で世界的な異常気象。日本でも年間平均気温は顕著な高温となり、西日本、南西諸島で戦後最も気温の高い年となった。
世界の平均気温も史上1位の高温となった。
2010年にはラニーニャ現象の最盛期。

つまり、数理に示された神の返しはこの「異常気象」と言う事です。
・・・・・・・・・・・・・・・・

「親神を神として拝すべき10月26日」
「原子力を科学神として拝するよう記念日を制定した高山10月26日」

これに対しては、10月30日には「エルニーニョ」地球温暖化の開始。
そして10月31日には、「臨界事故」。

 月日退くと知れ みきは、これをあらかじめ知るからこそ、立教した。
天理教は 立教は、世界一列たすける為に、なされた、弥勒菩薩の慈悲でした。

72 :基本。:2014/01/22(水) 04:27:30.64 ID:bIV5jKKs.net
「1」-3−2
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。
みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した
が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、
一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
//////////////////////////
このたび世界一列をたすける為に天下った。

その意味を理解するには、震災が何を教えていた下さるかを悟らなくてはなりません。
中山みき 誕生       → 126年   関東大震災。
中山みき 甘露台の予言。  →  126年  東北淡路大震災
中山みき「我は天の将軍なり。」→ 126年  東北地方太平洋沖地震

中山みき 立教        → 126年  新潟地震
立教の神意に背いた人間心の正体は、地震そのものの状況に映し出される。
火災と液状化
1955年に発生した新潟大火から復興を遂げてきたばかりだった新潟市内は大きな被害を受けた。
信濃川左岸では、液状化現象により河畔の県営川岸町アパートが大きく傾き、ほぼ横倒しになった棟もあった。
震源に近い信濃川右岸では、新潟空港の滑走路が津波と液状化により冠水し、新潟港内では火災が発生した。
特に空港と港の間にある昭和石油新潟製油所(現昭和シェル石油新潟石油製品輸入基地)のガソリン入りタンクNo.33の配管が地震動で損傷し、漏出したガソリンが液状化により湧出した地下水と津波による海水の上を広がり、地震から約5時間後に爆発炎上した。
火は水上の油に燃え移って広がり周囲のタンクも誘爆炎上させ拡大した火災は12日間に渡って炎上し続けた。

液状化→「元の泥海にしてしまおうか」
立教の、問答においての神の言葉である。

73 :基本。:2014/01/22(水) 04:42:43.61 ID:bIV5jKKs.net
文盲の中央初代柳井徳次郎が伝えた伝承は、市販本の「たすけのだい」に記録されています。
それは、よろづよ八首の解説として語られています。
月様は、人間の心の泥海をみて、「元の泥海に戻してしまおうか」と、言いました。
「液状化」とは、泥海状態のそのものです。

日様は、人間の母親として、このたび表に現れて、よろず委細を説いて聞かすと、
元の泥海に戻さないために、日様が表に出たと、立教したと、伝承されています。

それで、陰暦から陽暦に、赤い着物着て、道をお付け下さったと、・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

震災の状態が示しているのは、高山が「エネルギーをままにしている」事への返しです。
原子力発電は高山が「エネルギー」をままにして「利を貪って」いる。
それは、必ず、神の返しに合うという、それをそのまま、神はなしてみせたと、言う事です。

まさに、高山とおやさまの力比べは、地球規模です。
理を知らしておかなければ、救済の道は開かない。
神直じきが、表に現れたのは、どうでも助けたいというおやさまの親心と、先ずそれが、大切な教えのかどめです。

74 :基本。:2014/01/22(水) 19:49:45.26 ID:bIV5jKKs.net
「4」
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世 界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けた い。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の 言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、 一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
・・・・・・・・・・・・・・・
>> 5
> 半年程経つと痛み出したので、寄加持をして貰うと、治まる。暫くすると又痛むという工合に、一年の間に九度も繰り返した。
寄加持の時には、ただ近所の人々に集まって貰う丈ではなく、一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した。
一回の費用は凡そ四百目かゝり、軽い経費ではなかったが、可愛い伜を救けたいとの親心から、善兵衞は少しもその費えを厭わなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↑ ここには、九つまでの宗教の教えの基本があります。
酒飯を振る舞い施米する 施米とは、困窮者や托鉢僧などに米を施すこと
古神道・修験道 布施、これを九度踏んでから、立教に至ったと言う事です。
////////
この事ですが、

75 :基本。:2014/01/22(水) 20:11:11.34 ID:bIV5jKKs.net
>>74
一年の間に、九度も繰り返した事について、若い日の深谷忠政が本部で行った講話では、教祖伝講話という本がありますが、
「九回の別席」は、この寄せ加持9回を踏まえたものであると言う講話をしています。
基本はそれを十代の頃には模倣していたのですが、つまり「九度」の数理を模倣で語っていたわけですが、
深谷講話では肝心の、「一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した」がきちんと説明されていなかった。
今の大教会擁護集金教理の萌芽があったと言う事です。
教典にはちゃんと書いてある、施し、振舞いを説かないように変貌した。
そういう証拠も、天理では売られています。

七十年祭頃の天理教の分教会、大教会では祭典日には、「酒魚、酒肴を振舞った」なおらいという、そういうものが各教会普通にあった。
それだけが目当てで、天理教会に来る一日信者がいたりして、毎月には飲めや歌えや踊れの教会であった。
基本が演歌に目覚めたのは、毎月の祭典日後のなおらいという宴会の座興からであった。

が、そういうふるまいごとは全国の天理教会から消えていく。
釈迦の教えの、実行が、なされなくなっていったのは、「9回の散財の意味」を、説かないで、「別席運べ」にすりかえした、深谷忠政本部員の、
九つの教えを軽視した、講話にあった。
教団教理は「貧に落ちきれ」、「三に散財」、「三三九どの散財」の理を見失い、
お釈迦様の仏法に反した証拠として、ふりかえることだ。
信者の宴会はなくなって、大教会長様と上級会長様のご接待宴会、・・
堕ちるところまで堕ちた大教会には、未来は無い。

76 :ふむふむ:2014/01/22(水) 22:59:18.05 ID:CA0p/Q5/.net
人間はあざないものであるから、原子力に手を出す事が解っていての救済なら
なぜ親神様は、ウラン鉱をこの世に存在させたのでしょうか?
危ない物を取り上げてしまうという方法もあったかと。

77 :基本。:2014/01/23(木) 00:50:46.07 ID:TgdFqAs3.net
>>76
原子力に手をだすのが危険だという行為の問題よりも、それを用いて絶対的な高山であり続けようとする精神と行いが問題なわけです。
「ウラン」の存在も互い助け合う世になれば、危険な使われ方では無い使い方が登場するでしょう。
ふむふむさんは高山因縁では無い方のようなので、高山の物の考え方があまり分からないと思います。
例えば、発電の問題だけなら、あらゆる発電の方法はあるけれど、原子力の発電となったら、超強大高山しか発電所がつくれない。
だから「独占」が出来る。石油でもそうです。採掘権の独占と大規模な採掘システムは超高山で無いと出来ない。
本当は簡単に出来ることも複雑で大規模にして、しまいたいのが「大社高山の思考」なのです。

おやさまは「かなの教え」。

高山がこの世のあらゆるものを権力者としてままにしたいから、危険なのです。
キチガイに刃物と言う例えに習えば、怖いものは高山に核、高山に原子力です。

78 :基本。:2014/01/23(木) 01:12:48.07 ID:TgdFqAs3.net
>>75
立教前、中山みきは浄土宗でした。
>> 5
> 半年程経つと痛み出したので、寄加持をして貰うと、治まる。暫くすると又痛むという工合に、一年の間に九度も繰り返した。
寄加持の時には、ただ近所の人々に集まって貰う丈ではなく、一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した。
一回の費用は凡そ四百目かゝり、軽い経費ではなかったが、可愛い伜を救けたいとの親心から、善兵衞は少しもその費えを厭わなかった。

一般に仏教では、浄土宗では施米について、 困窮者や托鉢僧などに米を施すこと とあり、
坊さんに施米する意味の方が困窮者に施すよりも、意味合いが大きくなっていますが、
中山みきが、朝晩に読経した浄土宗の場合には、困窮者に施すと言うこんな実例が手本とされています。

性愚=しょうぐ
17世紀後半、生没不明。京都■園大雲永元、寺町)の住僧。
天和の大飢饑に慈善事業を行なった。万無の弟子。伝歴はあきらかでない。
1682年(天和2)京畿地方に大飢餓の際に誓願寺、法林寺とはかり困窮した人に施米し、
また同年の凶荒碑文によると多くの人びとの助縁を得て、正月8日より39日間、大雲院門前で1人に12銭を与え、
その数26万6千余人に達したという。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

九度の寄せ加持のつど、施米したおやさまには、「性愚」の施米が先にあったこと、
重々にご承知であったでしょう。

教祖伝講話において、本部員深谷忠政には、施米に意味がまるで見えていなかった。
九度の寄せ加持は、九度の別席だと、そうしか見えなかった。
その「教祖伝講話」を読んで、九度の別席だと他人にも諭していた17歳の基本。
恥じ入ると共に、申し訳無い事とさんげです。

79 :基本。:2014/01/23(木) 06:58:02.70 ID:TgdFqAs3.net
「5」
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
  よろつよのせかい一れつみはらせど むねのハかりたものハないから         一  1
  そのはづやといてきかした事ハない なにもしらんがむりでないそや         一  2
  このたびハ神がをもていあらハれて なにかいさいをといてきかする         一  3
 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。
それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。
 親神は、これ をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。

「我が身思案」については、伝承された教えがあります。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/kunitokoomotari2tu1tugatennori/comment/20071002/1191309864
神様は何時も私達が行くと、人間を創めたときの話をなさる。そして教祖様は、その度に泣いて聞かして下さった。
『変わらぬのが天の理やで。米を植えたら米、麦を蒔いたら麦が生える。
ケシの種にはケシの実がのる。この理をよう聞き分けてくれ。
人間は人間が生んで独り大きいなって、偉くなれば吾が力で偉くなった様に思うが、それは大きな間違いやで。
人はどうでも我さえよくば、という心ではいかん。皆々神様の可愛い子供や。
我が身が可愛い様に、人さんを可愛がってやっておくれ。
「我」があってはならんで。欲があってはいかんで。
世の中に、火難に遭うて裸で泣く者もある。盗難に出遭って難儀するものもある。
なんでこの様な目に遭うか。この理をよく聞き分けておくれ。
神は可愛い子供に苦労をさしたくない。皆の心行きがコロッと違うからやで』
と聞かして下さった。
        大正十年三月号みちのとも「深谷先生の御話」深谷源次郎より
 これはつまり、「因果応報」「因縁」を心得て、我さえ良くばという、欲があってはならないというおやさまのお話です。

80 :基本。:2014/01/23(木) 07:11:18.77 ID:TgdFqAs3.net
>>79
世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。
//////////////////
『変わらぬのが天の理やで。米を植えたら米、麦を蒔いたら麦が生える。ケシの種にはケシの実がのる。この理をよう聞き分けてくれ。
「米を植えたら米、麦を蒔いたら麦が生える。ケシの種にはケシの実がのる。」
 ↑ これは、撒いた種は生えると言う、因果応報、因縁を諭されたものです。
因果応報、因縁をお説きになったのは、お釈迦様です。
>>50-53
お釈迦様によって、末法は予言されていました。
その時に「五つ理を吹く」、「五濁悪世」が予言されていました。
その、末世には、「弥勒菩薩」が現れて、衆生を救済するという予言もお釈迦様の予言です。
・・・弥勒菩薩は、弥勒菩薩が現れるのは「567」の数理であると釈迦は示されました。
1231年から567年。 1798年でした。この世に弥勒菩薩が生誕されました。
それが、中山みきさまでした。
・・・・
 次代の釈迦、弥勒菩薩、中山みき様は、お釈迦様の教えになった「因果応報」を教えるために生まれたのでした。

私たちのおやさま、天理王命様。実は弥勒菩薩様。
世界一列たすけたいとは、末法の世を救うと言う意味でした。

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