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東大生、留年の危機、取消を申立 コロナ感染で欠席 東大側「評価『可』満たず」「当日欠席申請なし」「当日ITC-LMSにアクセス記録」★2 [神★]

779 :ニューノーマルの名無しさん:2022/08/13(土) 01:27:58.30 ID:lbja8oC40.net
俺は教養学部は好きになれなかったので、もし杉浦も似たような気持ちなら、その点は同情する

俺は、教養時代、半分くらい単位を取った時点で平均が杉浦と同じくらいの65だった。これはやばいと思い(やばいと言われ)、その後はガリガリやり、進振りの時は平均が80だった。つまり教養後半の平均は95
だから、俺は教養で劣等生も味わったし、優等生も味わった。
しかし、劣等時代と優等時代で得たものの質量は、はっきり言って何も違わない
ドイツ語は最初の0点(テスト前にやる気が本当に起きなかった。テスト中にもやる気が起きず、白紙で出した)のあとに全て100点を取ったが、今残ったものは悲しいくらい何も違わない。むしろ0点の時の堕落感の方が財産かもしれない。
結局、教養学部レベルの知識や熟練度なんて、身につけても意味がない。
休みとかに家で理学書をさらに読み込んでおかないと、その後の人生には意味なかったんだなと思う。

教養学部という割には内容も雰囲気も堅苦しくギスギスしていて、いま思えばその当時は教授陣のレベルが低く、本当に辛い日々だった
カリキュラムは法経工が明らかに念頭に置かれていた。CADの授業をあれだけ取りやすくするのはやりすぎ。

本郷で生物に没頭できた日々は幸せで、三年生の最後くらいに、ふと、「大学に来た意味はあったかな」と初めて思えた。教養時代は、やりたいことから隔離されていた時代だった。

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