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【鉄道】東日本大震災と原発事故から9年 JR常磐線 全線で運転再開 (動画あり)

1 :ごまカンパチ ★:2020/03/14(土) 17:49:33 ID:Z7A43qy79.net
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200314/k10012330711000.html
※リンク先に動画あり

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で、福島県の富岡と浪江の間で運休が続いていたJR常磐線が14日、
9年ぶりに全線で運転を再開しました。首都圏と仙台を結ぶ特急の運転も再開され、現地で式典が行われました。

東京の日暮里と宮城県の岩沼を結ぶJR常磐線は、東日本大震災の直後、全線で運休し、津波の被害が出た区間や福島第一原発の周辺の
広い範囲で運休が続きました。
復旧が進むにつれて運休区間は徐々に解消し、福島県内の富岡と浪江の間の20.8キロが残されていました。
浪江駅では14日朝5時53分、鉄道ファンなどが見守る中、上りの普通列車が出発し、全線で運転が再開されました。

再開された区間では、普通列車が1日に11往復するほか、特急「ひたち」も品川や上野と仙台を結ぶ便が3往復、再開されます。
双葉駅では午前中、記念の式典が開かれ、地元のグループの太鼓の音が鳴り響く中、再開された特急の一番列車となる下りの「ひたち3号」が
予定より10分ほど遅れて到着し、出席者の歓迎を受けていました。
常磐線の9年ぶりの全線運転再開で、周辺の住民の利便性の向上や首都圏などから訪れる人が増えることが期待されています。

JRによりますと、これで東日本大震災の影響で運休が続いていた区間はすべて解消されました。

■「復興の様子 これからも見ていきたい」
富岡駅から双葉駅まで下りの1番列車に乗った千葉県の50代の男性は、
「昔から仙台に行くときよく使っていたので、東京方面から仙台まで直通で行けるのはうれしいです。駅と線路は新しくなっても町は昔のままで不思議な感じもしましたが、
常磐線の再開で前に進む復興の様子をこれからも見ていきたいです」と話していました。
記念のTシャツを着て、下りの一番列車に乗ったいわき市の小学6年生の男の子は
「沿線の人が手を振っていたのでどんなに常磐線の開通が待ち遠しかったのかが分かりました。海が見える区間があったのが印象的でした。
これから常磐線にたくさん乗りたいと思います」と話していました。

■ピンクのかっぱや傘で開通を歓迎
再開された区間にある夜ノ森駅と富岡駅の間の線路沿いでは、地元 富岡町の人たちが桜をイメージしたピンクのかっぱや傘で歓迎していました。
全線開通を祝う横断幕を掲げ、列車が近づいてくると「おかえり、常磐線」などと声をかけていました。
近所に住む60代の女性は「地域の重要な線路なので、全線開通を機に多くの人が町を訪れてほしい」と話していました。
町で働く20代の女性は「原ノ町駅行きという、これまでと違う表記を見てうれしくなりました。これからも常磐線を利用したい」と話していました。

■大熊町の大野駅に避難者の姿も
再開された区間にある福島県大熊町の大野駅には、すぐ近くに自宅があるという渡辺英政さん(55)が避難先のいわき市から列車に乗って訪れました。
渡辺さんは身近な常磐線の駅や列車の写真を撮影するのが長年の趣味で、今回の再開を待ち望んでいました。
しかし、一家が明治時代から住んできたという自宅は、9年前の原発事故にともなう帰還困難区域にあるため生活はできず、今後解体することにしています。
再開された大野駅の近くに新たな自宅を建てることを考えていますが、生活環境に不安もあるといいます。
渡辺さんは立ち入りを規制するフェンスの向こう側にある自宅を見つめながら
「すぐ近くにある自宅に戻れないのはもどかしい。いずれは大野に帰りたいとは思うが、思いだけで生活ができるかは難しく、振り子のように気持ちが揺れ動いています。
常磐線再開は復興への第一歩だと思います」と話していました。

■富岡駅には震災当時の駅長の姿も
福島県富岡町のJR富岡駅には震災当時、駅長を務めていた寺崎秀一さんが(65)訪れました。

※続きはソースで

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