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【新潟】河井継之助没後150年、生涯描いた司馬遼太郎の小説「峠」映画化 遺徳しのび、長岡の栄凉寺で法要

291 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:05:03.81 ID:BrIuwKDP0.net
河合継之助は維新の動乱の中で長岡藩を武装中立で守ろうとした
そのために長岡藩で出来る範囲の近代兵力を整備した
だが交渉は決裂してしまった
ならばその時点で武装を放棄すべきではなかったのか、と批判される
だが河合は開戦を決意する
何故開戦したのかと言えば、やれば悲劇に終わることは理解していたが自分が整備した近代兵力の力を
試してみたいという誘惑に逆らえなかったのではなかろうか?
この点も山本五十六に酷似している
山本五十六もダメだ、ダメだと言いながらも自分が整備した海軍革命を起こす航空戦力の力を試してみたいとう
誘惑に無意識下では勝てなかったのではないか?
ちな河合継之助が用意した砲はガットリングガンを含めて28門で
日本海軍が建造した空母が28隻な

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