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【新潟】河井継之助没後150年、生涯描いた司馬遼太郎の小説「峠」映画化 遺徳しのび、長岡の栄凉寺で法要

1 :樽悶 ★:2018/10/09(火) 18:38:06.85 ID:CAP_USER9.net
子孫の河井弘安さん(中央)らが手を合わせ、継之助の遺徳をしのんだ法要=7日、長岡市東神田3
http://www.niigata-nippo.co.jp/newsfile/image/0055386800356320.jpg
https://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/20181007/1030005343_20181007191958_m.jpg

150年前の戊辰戦争で長岡藩を率いて新政府軍と戦い、戦死した河井継之助の法要が7日、長岡市の寺で営まれました。

河井継之助の墓がある長岡市の栄凉寺では、毎年、10月1日の命日に近い日曜日に法要が行われていて没後150年となることしは、継之助や長岡藩士の子孫などおよそ70人が参列しました。

参列者は住職のお経に合わせて1人1人焼香したあと、境内にある継之助の墓の前で手を合わせていました。

河井継之助は、幕末の混乱期に長岡藩の家老を務め、藩の自主独立を目指して軍事力の強化に取り組みましたが、戊辰戦争で新政府軍と戦って敗れ、いまの福島県で戦死しました。

河井継之助をめぐってはその生涯を描いた司馬遼太郎の小説「峠」が2020年に映画化される予定で地元の長岡市でも撮影が行われています。

河井継之助の姉の子孫の河井弘安さんは「映画化が実現してよかったです。戊辰戦争を戦った継之助の判断をいまの価値観から評価することは難しいですが、多くの人に先祖のことに関心をもっていただき感謝しています」と話していました。

新潟日報 2018/10/08 17:44
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/local/20181008424291.html
NHKニュース 10月07日 16時11分
https://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/20181007/1030005343.html

215 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 21:59:26.23 ID:C9f3xFvY0.net
スペック厨ぽいよな

216 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 21:59:41.95 ID:FsuCEXqi0.net
役所広司はテレビ東京の燃えよ剣で土方歳三役をやって栗塚旭の土方とはまた違った迫力、かっこ良さがあった
テレ東だけに予算が少なかったがよくできたドラマだった
昔レンタルビデオ屋にVHSがあったがYouTubeにも動画がないのでぜひDVD化して欲しいな
栗塚と役所の土方歳三を見てるので山本耕史の土方はどうにも小物感があって感情移入できない

217 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:01:06.20 ID:Jm3AAAZo0.net
最後まで戦い抜いた英雄であることには違いない。こういう人物はもっと評価されていい。

218 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:02:12.76 ID:FrtrX8pH0.net
>>201
長岡藩家老・軍事総督河井継之助が負傷したとき傍らに付き添い、その死まで終始行動を共にした。
継之助と共に会津藩に落ちて行く途中、病状悪化して塩沢に留った。その時、継之助は外山脩造に向い、

「これからは実力のある者が勝つ世の中となる。戦争が終ったら商人になれ」

と諭した[2]。その時、河井継之助は、脩造のために福澤諭吉にあてた添書を残していた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/外山脩造

河井が山田方谷から学んで行った富国強兵策は明治の富国強兵と近いものだし、
この一言で河井が廃藩置県に賛同してると分かるだろ。

219 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:03:22.35 ID:Sgiesx+j0.net
>>214
そこまですることはない
同じ長岡でも田中角栄より100万倍マシ

220 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:03:23.47 ID:FrtrX8pH0.net
>>201
ソースを提示したら、あり得ない量になる。

221 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:03:30.92 ID:jxSCMle20.net
>>212
日中戦争以降の日本の軍部って岩手の東条、板垣大将、山形の石原中将、長岡の五十六と旧賊軍ゆかりの派閥が支配してたのな。
長州閥は追放されて陸軍大学にも入学を許可されず影も形もなくなる。

222 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:04:14.29 ID:Sgiesx+j0.net
でもこの小説なんかすっきりしないんだよね
とくに最後が尻切れトンボで無理矢理まとめたみたいな

223 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:06:07.98 ID:FsLOzICM0.net
>>188
運用を真面目に考えてなかったんだろう。
ちょっと考えれば補給が重要になる連射性能の高い兵器を突出させたりせんはずだし。

224 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:06:18.54 ID:Sgiesx+j0.net
>>208
龍馬は調子良すぎだね
燃えよ剣は新撰組がヤクザの組みたいだった
芹沢鴨との抗争とか内部粛清とか入ったら足洗わせないとか

225 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:07:35.41 ID:AOTpKn/N0.net
>>222
司馬遼太郎の作品はだいたいバッドエンドで終わるからそんなもんよ
スッキリ終わるのは、燃えよ剣ぐらいじゃない

226 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:08:14.53 ID:ix528qvT0.net
>>206
おお、ご同輩かな?
来月、周防の大村神社に行く予定

ところで、総集編に入ってないシーンだけど、河井が墨で花の絵をかいてる少年をほめるシーンがあったよね?
あの少年、明治に大成したって言ってた友うけど、なんて画家になったんだろ?
原作読めば出てくる?

227 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:09:36.41 ID:Bqqmjqru0.net
とんでもないオッサンだけど本人はすごく充実してたはず!

228 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:12:38.56 ID:Sgiesx+j0.net
司馬遼太郎の河井継之助も良いけど
小菅トメジの雲井龍雄のが面白いかも
ペンネームが思い出せない
藤沢周平か

229 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:12:56.38 ID:Q2cvU5AK0.net
>>215
>スペック厨
海防論者から後の開国主義者までみんなそうだよ。

230 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:15:27.50 ID:O/2Mqn4R0.net
>>200
東郷の功績では

231 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:17:41.12 ID:EnuZyMR40.net
>>179
世良修蔵が出したと言われる、
奥羽皆敵の手紙は仙台の捏造だったで学術的に結論ついたみたいね。

長州が計画したとされる京都大火計画も新撰組の捏造だと確定したし、実態はただの飲み会に新撰組がテロしただけという…

232 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:19:08.41 ID:O/2Mqn4R0.net
>>212
「半年なら」暴れてみせる、と56は言ってた。
半年しか持たない、それは56の慧眼。
他の愚将とは一線を画す。

233 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:19:18.56 ID:EhqWXTEl0.net
>>79
総工費80万両のうち60万両は地元負担
工事の労働者は地元から徴用とかやってれば
一揆が起きて当然だろ

あと分水工事は昭和じゃなくて
明治の終わりに再着工して
大正時代に完成したんだが
歴史を捏造するなよ

234 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:19:40.98 ID:Xx8+SDzv0.net
>>29
肥後藩が使ってたんじゃね?

235 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:20:22.37 ID:/JVtwXAB0.net
越後で一番発展していた長岡を火の海にした張本人
みんなお話の読みすぎだよ
偉人でも何でも無い

236 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:20:32.80 ID:J+FCdd0F0.net
>>230
抜擢した山本権兵衛は

237 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:21:02.18 ID:O/2Mqn4R0.net
>>225

「名残おしゅうござる」

238 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:21:36.44 ID:Jn3R/Fyl0.net
河井の立場に立ってじゃあお前どうするかって言われたらいまだに答えでんでしょ

卑近な例えすれば
クラスの苛烈ないじめ見て、やめろよ俺が仲介するから仲良くしろよと止めに入ったら
いじめられてる人間をお前も殴れと強制され
拒否ったところ自分もフルボッコされたみたいな

239 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:22:06.24 ID:FsuCEXqi0.net
>>226
まだギリ四十代なので花神の本編はさすがに記憶にありません
小説から入って昔レンタルビデオ屋で総集編を見ただけです

240 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:22:23.27 ID:waqIeMnq0.net
>>62
そこまでしなくても箱根に陣取って足止めをした上で東海道を海軍の砲で脅かせてれば戦局は大きく変わる

241 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:22:38.50 ID:O/2Mqn4R0.net
>>236は運のいい男ですから」

242 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:23:04.71 ID:Jn3R/Fyl0.net
>>235
裏切り者新発田民おつ

243 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:23:22.14 ID:I3x56JZV0.net
>>131
鍋島藩主は優秀な江戸っ子だ馬鹿

幕末二大無能は関西と東北

244 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:24:39.28 ID:waqIeMnq0.net
>>94
軍司令官になったのも大将になったのも日露戦争全四軍の中で一番後だったっけ?奥と同じぐらいだったっけ?

245 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:24:53.02 ID:EnuZyMR40.net
なぜか最近、日本国内で日露戦争は引き分けって論調増えてんだよね

スターリンも日露戦争の敗北がって頻繁に言ってたのに

日本は戦略目標をほぼ達成してロシアは達成できなかったわけで、戦争の勝利の条件がいつから賠償金や戦死者の数で決まることになったのだろうか。

朝鮮系や左翼系の学者やジャーナリストはそんなに日本の歴史を修正したいのかね

246 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:25:57.81 ID:O/2Mqn4R0.net
>>245
聞いた話では、
ロシアの教科書に日露戦争の記載がないとか。

247 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:28:54.52 ID:FsuCEXqi0.net
>>235
長岡市の悠久山の方にある郷土史料館では河井継之助は良い扱いを受けてるよ
維新後に河井家の再興と名誉回復もされている

248 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:29:52.02 ID:/JVtwXAB0.net
日露戦争時代はロシアは大国であって
ロシアが勝って当たり前の状態だった
それを五分の戦いに持ち込んだのだから戦術的には日本の勝利だったのでしょう
でもねいくら戦争で勝っても政治で利益を確定できなければ意味がないんですよ
日本はここが昔から弱いね

249 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:30:18.75 ID:EnuZyMR40.net
仙台藩などの賊軍が輪王寺宮をたてて明治帝の打倒を目指したのは馬鹿だよな。

北条政子が上皇が自ら出てきたら、弓の弦を切ってすぐに降伏しなさい、
でも出てこなければ、思う存分やってしまいなさい!と激をとばしたのとはえらい違いだ。

250 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:31:03.38 ID:waqIeMnq0.net
雷神隊の立見監三郎は誰がやるんだろ?

251 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:31:31.83 ID:EnuZyMR40.net
>>246
ロシア帝国は日露戦争の影響もあってそのあと滅んだからね

252 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:34:05.98 ID:dpzeKYGY0.net
三国峠辺りを歩いていたら碑があったなぁ。

253 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:35:12.84 ID:FsuCEXqi0.net
河井もすごいけど先祖代々の家宝を売って戦費にしろと言った殿様の牧野家もすごい
河井継之助一人が名を残したわけではない

254 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:35:44.48 ID:EnuZyMR40.net
>>248
政治で利益を確定できたから世界で日本が勝ったとされているのだが…
何を日本がロストしたの?
賠償金とかはなしで、元々戦略目標に賠償金はないし。

255 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:36:49.10 ID:gzZmfZRS0.net
ジャンゴ/荒野に一人

256 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:37:25.00 ID:GbRf5ttr0.net
>>5
グラバーのパシりで、ただの武器商人が…
船中八策は存在しないし、新政府綱領八策も
大政奉還後だしw

257 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:38:10.14 ID:rToZK+XR0.net
岩村精一郎(岩村高俊)はDrコトーが演じるようですね。

https://www.cinematoday.jp/news/N0103333

258 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:38:41.80 ID:cGFIHeqP0.net
>>195
当の会津は衝撃的な雑魚っプリを見せ付けたな

259 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:40:07.11 ID:1IrHfpjO0.net
もともと長岡藩牧野家は、三河国といっても東部(今の豊川市)の出で、譜代本流じゃないんだよね。
彦根の井伊(出身は遠州の浜名湖北岸)もそうなんだけど、本流じゃないというハンデがいろんな方向に出てくる。
三遠地域の非本流系譜代は、宇都宮の戸田家(出身は愛知県渥美半島)も含めて、
幕末には独特のポジションで独特の役割を果たしてる。みんな脇役だけど、単純じゃない。

260 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:40:13.11 ID:efzhhjaY0.net
時山直八があと十人いたらアメリカにも勝っていたみたいなヨイショぶりがテラワロス

261 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:40:22.47 ID:RaKvEH270.net
勝てば英雄だけど負けたから河井はただのテロリスト

262 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:40:30.17 ID:ix528qvT0.net
>>239
放映時小学3年くらい?
じゃー見てないのも無理ないww

おれ、S40生まれ、かすかに覚えてるだけww

263 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:40:34.44 ID:BrIuwKDP0.net
司馬さんを理解するのにこの河合継之助の描き方は参考になる
小説の”峠”とエッセイの”英雄児”の二つを合わせ読むと良い
小説の方は主人公の生涯を詩として歌いあげるため悪く言えば美化しすぎる面もあるが
エッセイで別角度からその暗黒面も伝えてる
この詩の方だけを取り上げて司馬遼太郎を批判する奴がいるがおそらく全部を読んでいない
司馬遼太郎は今日の基準からみても恐ろしい面があるのよ

264 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:40:52.58 ID:6vRFP62i0.net
家老の家柄ではなかったのに筆頭家老にまでなったんだから、
優れた人物だったんだろな。
ただ、農民の子から家老になった山田方谷には及ばんな。

265 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:41:21.62 ID:j1IrYldZ0.net
飯炊き女買う話しか出てこないやんw

266 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:41:37.11 ID:O/2Mqn4R0.net
>>248
>>254

「ロシアたばこを買ってこい」

267 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:41:59.00 ID:YRGjKQ6y0.net
河井継之助記念館
http://tsuginosuke.net
こんなにリスペクトされとりますがな
長岡駅からすぐだから花火のときにでもどぞ

268 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:45:56.23 ID:lXeWTtBr0.net
主君が全幅の信頼、己れの才覚で自藩を危険に晒す、って意味では直江兼続に似てるな。
直江は後半生は藩の為に尽くして名誉挽回出来だが、この人はそれも叶わなかったからな

269 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:47:23.80 ID:1IrHfpjO0.net
牧野家は、会津松平ほどには同時代の領民に嫌われてたわけではなさそう。でも譜代小藩の常として、収奪は厳しかった。
なお、当時の新潟民は、米沢の上杉氏の帰還を待ちわびていたらしい。その意味で列藩同盟側に与する感覚だったようだ。

>>231
そんな捏造の手紙を作られちゃうということ自体、交渉役として致命的無能やぞw
だからといって、世良の評価が上がることはないよ。

270 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:50:05.71 ID:ZNjXCCgB0.net
長州に負けたUWFインターの安生に顔が似てるよな

長州に負けただけに

271 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:50:35.48 ID:gPt1JtUj0.net
長州の村田蔵六みたいな人か?
村田蔵六、大村益次郎はあの時代でも珍しいくらい好戦的な人間だし
西郷隆盛にさえ嫌われて暗殺されるけど

272 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:51:40.25 ID:sBUHjeW60.net
>>271
知らないなら書くなよ。トンチンカンで恥ずかしいから

273 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:52:28.12 ID:npqymJE30.net
>>1
河井継之助は、長岡藩をスイスのような中立の立場に置き、
幕府にも政府にも従属しない自主自立の立場を貫きたかったらしいのだが
小千谷談判で政府軍との交渉は決裂、結果長岡城下は焼け野原

河井にとって長岡藩は小さすぎたという評価は正しいかもしれないが、
長岡という小藩の力量と、もはや政府軍優勢の状況で
そんな曖昧な立場を許す余地なんかあるわけなく、
国内情勢を見極めることができなかったという点で、やっぱダメだったと言える

山本五十六は河井を尊敬していたらしいけど

274 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:52:37.85 ID:Sgiesx+j0.net
>>232
そりゃ狡いわ
戦争するからには最後まで責任とれ

275 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:53:01.78 ID:FrtrX8pH0.net
>>231
全てが仙台藩の捏造じゃなく、手を加えたんでしょ。
醍醐が世良が殺害された十九日手記の手記に書いてる世良の戦略と同様の事が
密書に書かれていた訳だし。

手を加えられたのは「奥羽皆敵として云々」の重要文句じゃないの?
世良の奥羽情勢の分析は甘くて、仙米両藩以外の奥羽諸藩は会津と合従しないと見ていた。
醍醐手記に書かれている世良の考えに基づいて、密書を読めばどこに手を加えられているか分かる。
後、会庄同盟のプロパガンダである「討会討庄は薩長の私怨に過ぎない。君側の奸を払って第二の
王政復古をすべし」という主張から、どこに手を加えたのかも分かって来る。

「防長回天史」によれば「先年慶喜主上奉要轍云々」の文書内の位置が、仙台藩のものと米沢藩のものじゃ
違うと言うから、これは書き足されたと思ってる。世良と大山が会津に私怨を抱いてる証拠だとして。
末松謙澄は密書は手を加えられたから、原書が出て来ないと書いてるが間違いないと思っている。

276 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:53:03.12 ID:BrIuwKDP0.net
長岡と言えばもう一つのエピソードが百俵の米だがその中で何故教育が大事かという箇所で
長岡藩がこのような惨状を呈しているのは教育が足りず愚か者が藩を牛耳り維新に敵対してしまったからだ
だから教育を充実させねばならぬ、って古老が言うんだけど
この教育が足りない愚か者って河合継之助のことなんだよね
河合は悲劇を招いたが愚か者であったのだろうか?
河合のことを言ってるんだと知って以来百俵の米のエピソードも手放しで称賛できなくなった
教育投資は他の何を差し置いても充実すべし、って意味なら賛同できるんだけどさ

277 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:54:43.02 ID:cGFIHeqP0.net
>>274
つうか訳知り顔で陸軍を馬鹿にしていながら、「半年後以降は負けます。暴れられません」とはいえないセコさ。

278 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:56:18.63 ID:FsuCEXqi0.net
>>271
大村は薩摩藩を上野戦争の激戦箇所に配置したからでしょう
百姓医者の大村の頭の中には好戦的な旧来の侍を減らせるまで減らしたいという意図があっただけで
民間人を犠牲にするもやむなしという意味の好戦的ではない

279 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:56:40.24 ID:gPt1JtUj0.net
>>272
河井継之助も好戦的な人間だったんだろう。とにかく、手に入れた武器を使ってみたくて仕方がないから薩長に楯突いただけ
勝てる見込みなんて全く無かったからな
実際に地の利を得ても戦線は維持出来なかった

280 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:57:38.05 ID:npqymJE30.net
>>277
セコいんじゃなくて、事実をそのまま言っただけでは?

五十六は米国留学もしていて、
アメリカと日本の国力の差を自分の目で見てわかっていたらから、
短期決戦で決着がつけられなければ、日本に勝算はないことは分かっていた

281 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:57:53.05 ID:6vRFP62i0.net
>>276
マジかよ。
継之助ぐらいしか人物がいなかったほど、
その他大勢の教育が足りてなかったってことじゃなかったのか。

282 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:58:16.67 ID:Sgiesx+j0.net
>>268
直江と上杉景勝のコンビも間抜けだったね
なんで石田三成と約束してたのに関ヶ原で挟み撃ちにしなかったんだ
結局、家康に領地減らされてぼろぼろやん

283 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:58:56.12 ID:BXI1JWlN0.net
>>282
情報が10年前

284 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 22:59:39.25 ID:Sgiesx+j0.net
>>280
それであんな卑怯な奇襲攻撃をしたのか

285 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:00:00.19 ID:FsuCEXqi0.net
>>273
列強の中の日本が幕末の大藩の中の長岡藩に重なったのかな

286 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:00:36.52 ID:KZnXHWfQ0.net
>>51
土方の写真は二枚目に見えるよう修正入れてた
ようだ。
函館戦争の時、実家に形見として写真届けさせてるが、
のちにその写真を見せてもらった知人が、あまりにも
実物とは違う男前振りになんとも言えなかったとのこと。
後世に男前として記憶してもらいたかったんだろうと。
そういった見栄というか、自意識が強いというか、
生き方もだが、見た目のこだわりにも彼流のダンディズムが
あったようで。

あと、別に土方だけってことはなく、桂小五郎も陸奥宗光も
かなりハンサム。

桂小五郎なんて、長州が朝敵になる前の京都でモテまくり が
当たり前だか、朝敵になって、あちこち潜伏して逃げまくった
時にも、匿ってくれた土地の娘達に惚れられて
妊娠させたりしている。

桂の子を産んだ娘は、子供を連れて長州の桂の
元に向かうが、途中会津藩にバレて殺される。
虫の息の時、子供の命だけはと嘆願して、
会津藩士の一人が聞き入れ、その桂の赤児を
ちゃんと育てあげた という逸話もある

287 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:00:54.17 ID:s3wf4VOW0.net
>>273
西南戦争とかもそうだけど
日本人は負けるのわかってて戦うみたいなところがあるからなあ
単に国内情勢を見誤ったのか、情勢を見極めたうえで引けない何かがあったのか
全面降伏すれば誰も死ななかったかもだけど・・・

288 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:01:06.75 ID:GbRf5ttr0.net
>>125
役所広司は小林虎三郎のイメージだな

289 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:03:38.86 ID:/JVtwXAB0.net
夢を見るのは勝手だが強制的に付き合わされるほうの身にもなって

290 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:04:58.88 ID:6vRFP62i0.net
>>288
遺影だけ見ると、継之助は坂田利夫だな。

291 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:05:03.81 ID:BrIuwKDP0.net
河合継之助は維新の動乱の中で長岡藩を武装中立で守ろうとした
そのために長岡藩で出来る範囲の近代兵力を整備した
だが交渉は決裂してしまった
ならばその時点で武装を放棄すべきではなかったのか、と批判される
だが河合は開戦を決意する
何故開戦したのかと言えば、やれば悲劇に終わることは理解していたが自分が整備した近代兵力の力を
試してみたいという誘惑に逆らえなかったのではなかろうか?
この点も山本五十六に酷似している
山本五十六もダメだ、ダメだと言いながらも自分が整備した海軍革命を起こす航空戦力の力を試してみたいとう
誘惑に無意識下では勝てなかったのではないか?
ちな河合継之助が用意した砲はガットリングガンを含めて28門で
日本海軍が建造した空母が28隻な

292 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:05:57.99 ID:FsuCEXqi0.net
>>279
侍は戦うのが存在理由だからな
江戸300年で幕府や大藩の上級武士ほど腑抜けになっている中で地方の小藩ほど心意気が残っているのが面白い
苛烈な内戦で各地で小藩でもひるまず抵抗する武士の姿をみて
欧米列強に日本は清やアジア諸国みたいなわけにはいかないと理解させたのが維新後の日本の躍進につながる

293 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:07:27.94 ID:cGFIHeqP0.net
>>292
会津松平なんて浪人百姓を雇って戦わせるぐらいだからな

294 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:07:45.21 ID:O/2Mqn4R0.net
>>280
歴史に「もしも」はないけれど。

昭和天皇がアメリカと日本の国力の差を知っていたら、
どうなっていたか。
少なくとも
「絶対ニ勝テルカ」の御下問はなかったはず。

295 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:07:47.95 ID:Sgiesx+j0.net
>>283
今は違う解釈があるの

296 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:07:50.17 ID:tJws93GX0.net
>>282
結城秀康らの大軍が抑えで残っていたし、これまた大軍を繰り出せる伊達、最上が上杉領に無傷で隣接、駐留している。
常陸の佐竹の動向ははっきりしないし、伸びた脇を突かれる可能性もある。

第一、遠征軍を繰り出せる編成でなく、所領替えで大した資金はない。

挟み撃ちは無理だと思うね。

297 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:08:22.10 ID:mZaWQsQ90.net
結局、役所広司なのかぁ・・・。
或る時は阿南大将、また或る時は山本元帥となると、彼は現代のミフネなん
ですかねぇ

298 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:08:27.53 ID:4otH6kLb0.net
>>176
佐竹が徳川に遺恨というが
領地半減どころじゃない上杉とか百万石を反故にされた
伊達は別に徳川を恨むでもない
島津や毛利なんて逆恨みもいいとこだ

299 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:09:13.76 ID:MTuz/GA90.net
>>84
同意

小学校の校長としてなら
理想的な人物

300 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:09:22.48 ID:cGFIHeqP0.net
>>290
俺は本田博太郎かヘッダー指揮官(石橋雅司)だと思う

301 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:09:59.74 ID:/JVtwXAB0.net
長岡では目だった存在だけど
偉業をなしたわけではない

302 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:11:06.11 ID:FsuCEXqi0.net
合理主義の西日本に対して意地や頑固をよしとする東日本
その両方があったから日本はうまく立ち回ることができた
河井継之助は本来は合理主義の人なのに最後は武士の意地を優先させたところに魅力がある

303 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:11:51.20 ID:npqymJE30.net
>>287
小千谷談判が決裂した時、河合は相当落ち込んでいたらしいから
別に戦争したかったわけではないだろう

ただ、戦争に対する備えはそれなりにしていたから、
最終手段としての戦争になっても、なんとかなるのでは、
という考えは多少はあったかもね

304 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:12:38.78 ID:cLz35IAW0.net
>>294
正攻法ではどうやっても勝てないことはみんな知っていて、むしろ陸軍の方が絶望していたくらい。
捕虜を出さない自殺的な攻撃でアメリカの戦意を喪失させるというのが開戦前からの方針だった。

305 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:13:42.62 ID:j2Aer/Vv0.net
>>233
やってもやらなくても明治新政府は悪、農民は絶対善というあなたの主張が歴史捏造なわけですが。

306 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:14:09.91 ID:ZNjXCCgB0.net
>>166
司馬もそんな描写してなくね?
少なくとも峠では。

武装中立のためのガトリングだったけど、時勢ここに至ればやむなし、って感じだった気がする

307 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:15:24.92 ID:O/2Mqn4R0.net
>>287

特攻の礼賛とか、
そういうカタストロフィックな悲劇に心酔するDNAが
日本人に組み込まれているのかも。

308 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:16:19.06 ID:xh0nVQPN0.net
焦土作戦をやって地元民にすごく嫌われたんだよな。

そりゃそうだ味方だと思ってたやつに自分の家が焼かれたんだから。

309 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:17:30.30 ID:GvgmkPeM0.net
別のスレにも書いたが
会津の一之瀬要人と佐川官兵衛の謀略で五段梯子の旗が片貝の戦場に放置されて
牧野家が陥れられた結果小千谷会談の決裂に至ったという説もある

一方で長州人の前原一誠は越後府判事になると中央政府に背いて
戦争復興のために年貢を半減してくれたり、信濃川の治水工事を国費で事業化できないか国にかけあってくれた

310 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:18:18.31 ID:bzURHY2m0.net
>>82
乃木希典は今で言う「武士道に生きる意識高い系」だな でも俺は嫌いではない

311 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:19:00.11 ID:j2Aer/Vv0.net
>>292
「意地を見せる」で良いのは兵士から下士官までですよ。
将なら容易く勝つ方法論に徹しないと。

312 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:19:30.85 ID:O/2Mqn4R0.net
>>304

>捕虜を出さない自殺的な攻撃でアメリカの戦意を喪失させる

それがWORKしなかった場合のシチュを考えられなかったのは、
やはり日本の民度の低さ?

313 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:21:10.44 ID:1IrHfpjO0.net
直江は明らかにただの無能よな。
でも謎の最後っ屁というか因果応報というか、直接の原因たる神指築城が潰された当然の結果として、
会津藩が中世の立地のままの若松城に入ったことが、幕末の悲劇を生む。
もし会津藩の本城が神指城だったら十分に防御力があるから、白虎隊のあれもなかったかもしれん。
いずれ開城したとは思うが、史実とはかなり違っていたはず。殿様があれだったとしてもw

314 :名無しさん@1周年:2018/10/09(火) 23:23:54.08 ID:O/2Mqn4R0.net
>>310

そうした非プラクティカル系の人物が単独で存在するなら、実害はない。
問題は、そうした人物が権力をもったとき。
配下は、たまったものではない。

八甲田山の雪中行軍遭難事件も同様。
名将と愚将で、配下の運命は明暗を分けた。

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