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【歴史】「大日本帝国時代は本当にいい時代だった」パラオの人はなぜ今も親日なのか

595 :名無しさん@1周年:2018/08/19(日) 18:54:48.15 ID:+wXC2T1r0.net
国際連盟の委任統治制度の歴史

第1次大戦のあと敗戦国の植民地をどうするかという問題が論争になったとき、イギリス、
フランス、ロシア、日本、イタリアといった戦勝国は併合を視野に入れた敗戦国の植民地
の分割についてそれぞれ合意していた。

それに対して非併合と民族自決を掲げて委任統治の導入を主張したのが、アメリカの
ウイルソン大統領と英連邦の南アフリカのスマッツ将軍だった。例外を認めないウイルソン
と、ナミビアの併合を視野にいれてドイツの旧植民地だけは例外的に民族自決の適用を
除外したいスマッツという違いはあったが、結局彼らの主張によって連盟規約に委任統治
の制度がつくられた。

国際連盟の委任統治制度の目的は、旧植民地の原住民の搾取を防止し、人々の福祉
と発達を促進することであり、非併合および「文明の神聖なる信託」にもとづいた統治を
原則とした。委任統治はA〜Cの3つのタイプに分けられ、南太平洋の諸島やアフリカ
のナミビアは、原住民が自分たちで統治する度合いがもっとも少なく、事実上受任国の
一部として統治されるCタイプに分類された。

南太平洋では日本のほか、ナウルがイギリス、西サモアがニュージーランドに委任された。
受任国は毎年国際連盟に状況を報告する義務があり、委員会によりコンプライアンスが
審査されたが、違反があった場合の制裁手続きなどは不十分だった。

(ソース)
Nele Matz, Civilization and the Mandate System under the League of Nations as Origin of Trusteeship
(文明と、信託統治の起源としての国際連盟の委任統治システム)
ttp://www.mpil.de/files/pdf2/mpunyb_matz_9_47_95.pdf

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