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【ポンペオ国務長官】正恩氏と会談 「過去の敵国、今は同盟国」日本引き合いに

522 :名無しさん@1周年:2018/05/13(日) 21:39:55.59 ID:q3nnJ9eN0.net
>>492

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>私はルーズベルトを許すことができない。  
>彼はアメリカ国民を欺き、全く不必要な日本との戦争にアメリカを導いた。
>日本の指導者が開戦の決断をすることになった最後通牒ハル・ノートはルーズベルトが真珠湾攻撃を
>「恥ずべき行いの日」と呼んだことにちなみ、「恥ずべき最後通牒」と呼ぶのが適切と思われる。
>日本は、面積がカリフォルニアにも満たない人口八千万人の比較的小国であった。  
>天然資源はほとんど保有せず、また冷酷な隣国であるソビエトの脅威に常に直面していた。
>天皇は名誉と平和を重んずる人物であり、側近の攻撃的な軍国主義者を制止するために、できるかぎりのことを行っていた。
>日本はフィリピンおよびその他のいかなる米国の領土に対しても、野心を有していなかった。  
>しかしながら、ひとつの国家として、日本はその工業、商業航行および海軍のための石油なしには存立できなかった。
>日本は、コメおよび石油の購入を平和的に保証されたならばどのような条約にでも署名し、南方に対するいかなる侵略も停止したであろう。  
>ただ、自由貿易を認めるだけでよかったのだ。
>どうしてイギリスが極東における数多くの領土を保有する絶対的な権利を持つべきであり、その一方で日本が近隣諸国からコメ、
>石油、ゴム、錫その他の商品を購入することさえもできないくらいの制限を米国によって課せられなければならないのか。  
>こんな理不尽な話はあり得ない。
>米国の最後通牒を受け取った時点の日本は、四年にわたる戦争の結果、中国のほとんどの海岸線、大都市、
>かつ広範な領土および満州全土を掌握し、極東最大の勢力となっていた。  
>このような強力な国家に対し、米国はこれ以上何を要求できると言うのか。
>天皇および近衛首相は、平和を維持するために信じられないほどの譲歩をするつもりでいたのである。  
>非常に平和愛好者である首相の近衛公爵は、ルーズベルトとの会談を繰り返し要望していた。
>在日米国大使であったジョセフ・グルーは、日本がどれだけ米国と平和的関係を保ちたいと
>希望していたか承知しており首脳会談を強く要請した。
>日本は米国との開戦を避けるためならば何でもする用意があったであろう。  
>しかし、ルーズベルトはすでに対日戦、対独戦を行うことを決意していたというだけの理由で日本首相との話し合いを拒否した。
>日本との間の悲惨な戦争は不必要であった。  
>これは共産主義の脅威をより恐れていた日米両国にとって、悲劇的であった。
>我々は、戦争から何も得るところがなかったばかりか、友好的だった中国を共産主義者の手に奪われることとなった。  
>イギリスは、それ以上に多くのものを失った。  
>イギリスは中国に対して特別の利益と特権を失い、マレーシア、シンガポール、ビルマ、インドおよびセイロンをも失った。
>日本人は、高度な忠誠心、愛国心に満ちた、非常に感受性の強い、誇り高き、かつ勇敢な民族である。  
>このような民族に『恥ずべき最後通牒ハル・ノート』を突きつければ、必ず戦争になるとルーズベルトは確信していた。
>私はルーズベルトを許すことができない。  
>この大戦は米国に三十万人の死亡者と七十万人の負傷者、そして五千億ドルの出費を米国にもたらした。
>日本には軍人、民間人合わせて三百万人以上の死亡者をもたらした。  
>日本の物的、人的、精神的被害は計り知れない。

>その責任はルーズベルトが負っているのだ。
>『日米・開戦の悲劇―誰が第二次大戦を招いたのか』ハミルトン・フィッシュ著、岡崎久彦訳(1992年12月)

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