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【考古学】古墳時代のすずり出土 福岡市の比恵遺跡群 「邪馬台国時代に奴国で文字使用」

426 :名無しさん@1周年:2018/02/18(日) 05:54:15.85 ID:1Weiveak0.net
古事記(こじき、ふることふみ、ふることぶみ)は、日本最古の歴史書である。
その序によれば、和銅5年(712年)に太安万侶が編纂し、元明天皇に献上された。

編纂の経緯

中大兄皇子(天智天皇)らによる蘇我入鹿暗殺事件(乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん))に憤慨した蘇我蝦夷は大邸宅に火をかけ自害した。
この時に朝廷の歴史書を保管していた書庫までもが炎上したと言われる。
『天皇記』など数多くの歴史書はこの時に失われ「国記」は難を逃れ天智天皇に献上されたとされるが、共に現存しない。
天智天皇は白村江の戦いで唐と新羅連合に敗北し、予想された渡海攻撃への準備のため史書編纂の余裕はなかった。
その時点で既に諸家の帝紀及本辭(旧辞)には虚実ない交ぜの状態であった。
壬申の乱後、天智天皇の弟である天武天皇が即位し、『天皇記』や焼けて欠けてしまった「国記」に代わる国史の編纂を命じた。
その際、28歳で高い識字能力と記憶力を持つ稗田阿礼に帝紀及本辭(旧辞)などの文献を「誦習」させた。
その後、元明天皇の命を受け、太安万侶が阿礼の「誦習」していた『帝皇日継』(天皇の系譜)と『先代旧辞』(古い伝承)を編纂し、『古事記』を完成させた。

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