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【終戦悲話】終戦直後、教え子を特攻隊員として戦地に向かわせた責任をとって妻と生まれたばかりの娘と共に自決した教官の慰霊式・上田

505 :名無しさん@1周年:2017/08/19(土) 07:20:35.86 ID:vV6LnY8s0.net
太田正一:米軍コードネーム"BAKA"こと人間爆弾「桜花」の発案者。自分が乗るから開発させてくれと上層部に頼み込んだ癖に「適性なし(笑)」とやらで出撃せず。
終戦直後逃亡、名前と戸籍を変えて暮らす。
大田は北海道で密輸物資をソ連領に運んで暮らしていた。至極当然に天寿(ry

富永恭二:航空部隊の指揮官として息子を特攻死させたが本人は最前線のフィリピンから台湾に逃亡、シベリアに抑留されるが天寿を全うする。

菅原道大:後で自分も行くからとか言って特攻隊を送り出し、終戦時に部下から行きましょうって言われたら「特攻隊の慰霊するからやっぱ行かない」と却下、養鶏やりながら天寿を全う

倉澤清忠:菅原の部下として特攻隊を送り出す。飛行機のトラブルなどで帰ってきたパイロットを監禁するスパルタ施設を運営。
戦後は印刷会社経営、特攻隊の生き残りからの報復を恐れ常に拳銃を携帯。勿論天寿を全ry

黒島亀人:「変人参謀」と言われ数々のキチガイ作戦とキチガイ特攻兵器を立案。
戦後は会社社長として何不自由ない暮らしを送る。なお、宇垣纒の手記(後に「戦藻録」として出版)を遺族から借り出し、自分に都合の悪い部分を破棄、「電車に置き忘れた」などと言い逃れる。当然天寿をまry

源田実:源田が「343空も特攻の命令きた」と言うと、志賀は「ああ、いいですよ。では司令、参謀と2人で一緒に乗って突っ込みましょう。私が操縦します。また、源田さんも最後に来てください」と言うと、
源田は2度と特攻を口にしなくなった。
ソースhttps://m.youtube.com/watch?v=dmwQs3rJdnY
18分ごろ
戦後は航空自衛隊に入り航空幕僚長、自民党から参議院議員に。
自分はなんとアメリカから戦功あった軍人に与えるレジオン・オブ・メリット勲章を貰い、お返しに議員時代、日本全土を無差別爆撃したカーチス・ルメイに勲一等を授与する工作する。 言うまでもなく天寿をry

海軍 福留繁:
敵軍に一時捕虜となり重要作戦指令書を奪われるが
自分の責任を問われることを恐れて仲間内で隠蔽したため、後にマリアナ沖海戦の大惨敗の原因となる。
もちろん、天寿を全(ry

中島正:現地で全軍特攻を唱え、目を合わせると特攻に行かされると噂される。私も後に続くと言って特攻を送り出したかと思えば、私は内地に戻って君たちの活躍を後世に残すと言って内地に帰り、戦後は特攻を自分に都合がいい美談に変えた著書を発表。天寿を全うする。

真鍋正人:特攻隊員の前で「俺は成績が良かったから早く参謀になれる。だからここでは死ねねえんだよなぁ」と言いながら特攻へ送り出していた。天寿を全うする。

永仮良行:現地で特攻隊員を殴りながら「そんなに命が惜しいか!命のいらない搭乗員は内地にいくらでもいるんだ!」と言って特攻へ送り出す。天寿を全うする。

坂井三郎:特攻隊員に対し「私も後に続く。遅いか早いか!ごちゃごちゃ言うな!」と言って特攻へ送り出す。戦後は自分に都合がいい話を作り著作活動で有名に。ねずみ講で荒稼ぎしたり原爆投下を賞賛したりと。天寿を全うする。

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