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【政治】 2月7日は北方領土の日 日本の最終目標は四島返還である 2島譲渡の方針転換は筋通らぬ 四島返還へ交渉再構築を

1 :擬古牛φ ★:2019/02/06(水) 10:09:57.29 ID:???
★あす北方領土の日 四島返還へ交渉再構築を 02/06 05:00

 北方領土返還を巡る日ロ交渉の先行きが見えない。

 ロシア側が四島の合法的領有を認めるよう日本に求めるなど、一方的な主張を強めているからだ。

 きっかけは、昨年11月に安倍晋三首相とプーチン大統領が1956年の日ソ共同宣言を交渉の基礎とする合意をしたことだった。

 宣言には平和条約締結後の歯舞群島と色丹島の日本への引き渡しが明記されているが、国後、択捉両島への言及はない。

 合意後、日本側はロシアによる島の不法占拠を公には指摘せず、国後、択捉の帰属問題を議題としているのかも判然としない。

 日本の最終目標は四島返還である。11月の合意が日本の立場を弱めているのではないのか。

 四島の帰属問題の存在を互いに認め、「法と正義の原則」に基づく解決を確認した93年の東京宣言なども踏まえるのが筋だ。
交渉の立て直しを急ぐべきである。

 あすは「北方領土の日」。島に住んでいたすべての人々の苦渋の歴史に思いを致し、四島を取り戻す決意を改めて共有したい。

■「不法占拠」は史実だ

 1855年2月7日、日本と当時の帝政ロシアが日露通好条約を結んで択捉島の北側に国境線を引き、四島は日本領と確定した。

 75年の樺太・千島交換条約を経て、第2次世界大戦後の1951年のサンフランシスコ講和条約で日本は千島列島を放棄した。

 しかしその千島列島に北方四島は含まれず、他国の領土に一度もなったことがない「わが国固有の領土」というのが日本の立場だ。

 旧ソ連は日本がポツダム宣言を受諾した後の45年8月18日、日ソ中立条約に反して千島列島シュムシュ島(占守島)に侵攻し、
その後、北方四島を不法に占領した。

 それが歴史的事実である。

 だがロシアはいま、四島が大戦の結果として自国領になったと主張する。
根拠としてサンフランシスコ講和条約のほか、国連憲章107条の旧敵国条項、45年2月のヤルタ協定などを挙げている。

 そもそも講和条約に旧ソ連は調印していない。

 旧敵国条項は、大戦終結時の取り決めが国連憲章より優先することを定めたものだ。

 日ロは国境が画定しておらず、平和条約が未締結で「大戦の結果」は確定していない。国連憲章を持ち出すのは筋違いと言える。

 ヤルタ協定には千島列島の旧ソ連への引き渡しが記されているが、米英ソ3カ国の秘密協定で、米国は法的有効性を否定している。

 ロシアの主張は妥当性を欠く。(続く)

道新WEB https://www.hokkaido-np.co.jp/article/273938

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